[333]見識とプライド~河口容子~

今回は「誰でもなれる国際人」を執筆中の河口容子さんのコラムです。海外、主にアジアとの商談・セッティングをビジネスとしてされている河口さんですが、中には政府機関との商談もあるようです。しかし、政府機関とはいえ、結構お粗末な事件もあるようで…

第333回

■見識とプライド~河口容子~

 私の会社は日本とアジアの「中小企業の国際化」をテーマとしています。この景気の後退感の中、グローバル化に対応できない企業は存続が危うくなります。これはどこの国においても同じような状況です。今年は不思議なほど海外からのオファーが多いのですが、依頼主も「より良いサービスをより安く」求めているようですし、私と同じサービスを提供できる企業は大きければコスト高で対応ができず、小さければ倒産してしまっているのが原因のようです。

 国際化に立ち向かう日本企業が一番苦手とするのが「契約」。日本人は「信頼関係」を重視するため契約書は単なる形式と勘違いしている人が多く、国際取引では必ず「そんな契約内容とは知らなかった」事件がおこります。契約とは当事者の義務と権利が記されたものです。契約に書いてある義務をきちんと果たさないと権利や利益が減らされることもあります。また、相手の義務を親切、あるいは日本の商習慣などに従い勝手に遂行したりしていると、他人の財布に手をつっこんだかのようにバッシングを受けることもあります。逆に相手の義務を無理やりやらせられているのなら、対価を請求できますし、少なくとも貸しを作っていると双方が認識する必要があります。こうした義務と権利のバランス感覚が日本人はまだまだ弱い気がします。

 シンガポールの政府機関からミッションの受け入れサポートの仕事をお引受けしました。ところが、スケジュールが政府機関の内部の些細な事情で 2回も変更になり、お詫びの一言もなくまた変更で 3ケ月先と言いだしました。このミッションの訪問先は日本の上場企業ばかりです。中小企業とは違い社長の一言でスケジュールが決まるわけではなく、各社の担当者が来日企業の分析をし、該当部署への根回しをするわけです。毎回の変更で何十人もの人が翻弄されたことになります。

 スケジュールをいったん決めたら粛々と実行するのが日本も含め、他のアセアン諸国の政府機関の仕事ですし、内容や結果は別としてそれが国家への信頼の構築というものです。あまりにも身勝手すぎると腹が立ちました。彼らの行為は日本でのシンガポールという国の評判を落とすことになりますし、これから来日しようとしているシンガポール企業も悪印象を持たれてしまい気の毒です。自称説教魔でもある私はその旨、シンガポール政府機関の担当者にメールをし、この仕事を辞退しました。幸いステップごとに契約を積み重ねて行く方式にわざとしておいたので契約の放棄でもなく、今までの分は請求ができます。

 礼儀、道義をわきまえないクライアントは持たない、これは私の見識でもありプライドです。同政府機関からもう 1件オファーをいただいていましたが、契約に入る前に辞退させていただきました。政府機関のお仕事ならより多くの企業の国際化に貢献できると信じて優先していただけに残念です。また、このせいでプロジェクトのスタートを遅らせてもらったクライアントに対し申し訳なく思いました。

 以前、中国のある市のミッションが来日した時のことです。企業が10社来日予定で各社の概要と日本企業に対する要望がまとめられた分厚い資料が事前配布されていました。当然多くの日本企業が個別商談のアポを申し入れていました。いざ当日になると民間企業の参加はゼロ、来日したのは行政機関の職員のみです。会場には苦情がうなりをあげました。情報通を自称する人に言わせると行政側はミッション参加者が払う参加費集めが目当てで、民間企業は興味がそもそもなかったのだろう、参加費だけ払って自らの事業に専念しているはず、との事でした。わざわざ空輸したというお土産を笑顔で配るのに忙しかった職員を見て最初からそのつもりではなかったのか、どうも臭いと思ったのは私だけだったでしょうか。

 何事もがむしゃら過ぎると多くの人を犠牲にします。国家の品格、個々人の品格も問われるのがグローバル化社会だと思います。

河口容子

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