第11回 疥癬(3)~クレーム~

2018年8月28日

Mさんが、退院されました。以前よりもお元気になられていて嬉しい反面、病院でのケアがレベルの高い物なのかと、自信をなくしたという二つの気持ちを抱きました。でも、お元気になられたと言うことに、何よりも嬉しい気持ちになりました。

さて、我がホームに疥癬問題が現れて、職員全体が揺れております。毎日、毎日、業務に追われていたにも関わらず、疥癬対応で1人が付きっきりで疥癬感染者の対応に取られてしまうと言う状況は、かなりハードでした。刻々と変わる、疥癬情報。我々がやっている疥癬対応も、二転三転し、職員の混乱を招きました。しかし本当に職員は、一生懸命やっていると思われました。それは、職員の負荷ではないからです。幸い、職員全員が、自分たちの負荷ではなく、疥癬に感染している人達の苦痛を和らげたいという気持ちを持っていることが分かりました。それが、それぞれの励みになり、対応は進んでいきました。

しかし、残酷にも疥癬感染者は増えていきます。1人、2人、以前検査結果がマイナスだった人も、感染していることが分かり、退院されたM様も、疥癬が再発というと言う最悪な展開を見せます。

疥癬という病気は、根深いと思い知らされました。なぜなら、検査しても、その検出率は、20%~60%と低く、必ずしも検査結果だけで判断しては駄目だと言うことを、増え続ける感染者から悟りました。この人達の殆どが、以前検査を行っている人でした。なぜその時に分からなかったのだろう?と医者を責めたい気持ちにもなりましたが、情報収集すると、検出率が低いことから一概に言えないのです。学んだことは、可能性のある人は、疥癬対応をしなくてはいけないことです。

前回のメルマガで少し触れましたが、毎日の掃除、シーツ交換、布団の天日干し、軟膏塗布、衣類の交換、洗濯の徹底、感染者の触れた物に殺虫剤、610ハップ浴、上げたらきりがないぐらいの対応を強いられました。その対応を、検査結果がマイナスであってもしなくてはいけないことは、勉強になった事の一つです。これは、誰を信じるのではなく、自分を守ることと、御入居様の苦痛をそれ以上悪化させないと言うことです。周りに疥癬に感染者がおられて、湿疹があり、痒みを訴えている方が居られたら、まず疑った方がよいと思います。それは、悪化させない為にも必要だと体感しました。集団感染してからでは遅いのです。幸い、我がホームは数人で済んでいます。アドバイザーの話を聞くと、40名入居されているホームで、30名の感染者が見つかったと聞き、まだ、軽度で済んでいるのだと、これ以上悪化させない決意を新たにさせられました。

そんな中、暗い話が舞い込んできます。スタッフは、疥癬対応を必死で行っていました。しかし、職員の殆どが疥癬対応初心者であり、次から次へと変化する対応方法に、戸惑わないわけがありませんでした。一番の問題点は、記録でした。せっかく、対応をしているのにも関わらず、記録に残っていないために、やってない事と判断されてしまう基準を作ってしまいました。情報も日々変わっていて、その情報を共有出来てなかったことから、間違った対応を行う結果になってしまう事もありました。これは、対応を間違えたのではなく、古い情報と新しい情報の整理が出来ていない。そんな基本的な事から、ご家族の不信感をかってしまう原因になってしまいました。

ご家族からしてみたら、なぜこんな状態になったのか、知りたいというのが本当のところだと思います。感染してしまった物を、とやかく言っても始まらないので、職員がどんな対応をしているかを教えて下さい。そんな問いかけに、ホーム側は、記録表でしか答えられませんでした。どの時間に、どんな対応がされているか?記録だけが、語ってくれる真実でした。

しかし、対応しているにもかかわらず、記録を残している職員が圧倒的に少なかったことから問題は悪化します。ご家族から、証拠を見せろと言われ、証拠を見せたら、何も残っていなかった。「これで、対応していると言えるのですか?」そうご家族から問われ、何も答えることが出来ない。そんな状態でした。

この事態は、大クレームに発展していきます。それを切っ掛けに、疥癬対応と情報の共有部分の見直しを強いられます。今後、疥癬問題は、職員を始め、ホームに関わるスタッフを困惑に陥れるのでした。

それぞれが、きっちりと仕事をこなしているのに、記録を残さなかったために起きた悲しい事態でした。毎日、毎日、1日1人の疥癬対応者を定めての苦労が水の泡になった瞬間でした。他の職員には言えないけれど、逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。どんなに罵倒されても、この時そう思った事は、自分の心の本音だった。

この一件が切っ掛けで、ホームの態勢が大きく変わっていくのでした。この時は、これから何が起こるのか分からないでいました。毎日が、対応の肉体的な疲労と、自信が持てない精神的な疲労感に襲われました。まだそう長くない介護経験の中で、色々な悲しい経験、苦しい経験がありました。また一つ、その経験が増えるのかと、何があっても驚かない決意をする自分が居ました。

『逃げたい』この卑怯な感情と闘いながら、クレームに対する会社からのペナルティを覚悟しました。

2003.05.06

永礼盟