[19]フォアグラ(上)

唐突に質問だが、フォアグラとはどんなものか知っているだろうか?名前くらいは知っているだろうが、悲しいかな福祉関係者諸君の収入では実物を食べた人はあまりいないだろう。フォアグラとは鴨もしくはガチョウの肝臓の事なのだ。この鴨の肝臓はただの肝臓ではない。グルメにふさわしいフォアグラとはその鴨の育て方にポイントがある。哀れにも人間の餌食になるこの鴨たちは無理やり餌を食べさせられて太らされるのだ。そのシーンは食用にするのでなければ、動物虐待と言われても仕方がない残酷なものである。岸に座礁してくるぐらい海に溢れかえるザトウクジラを捕獲することに文句をいう人間は多いが、不思議なことに無理やり食べさせられている哀れな鴨たちを気遣う声は聞かれない。
この哀れな鴨たちと同じように無理やり食べされられている動物は他にも実在する。それは入所系介護施設の老人たちだ。もしかすると病院や障害者施設でも見られる可能性もあるが、入所の介護施設では必ず無理やり食べさせられる老人がいる。俺はこのような蛮行を「フォアグラ」と呼ぶことにしている。鴨と同じくらい酷い目にあっている老人たちは特に暴力を振るうわけじゃないし、便や尿をそこら辺に放出するわけじゃない。ただ単に食べないだけなのだ。たが、その食べないことは介護施設において重犯罪並に罰せられるのだ。
俺がある老人介護施設にいた頃の話だ。俺はヘルパー実習生の教育担当をしていた。食事介助の時、実習生は介護職から無理やり食べさせられている光景を見て、ショックを受けていた。実習生は思うところがあったのだろう。俺に自らの疑問をぶつけてきた。その時のやり取りをここで再現しよう。
*実習生との会話
実習生「すいません。どうしてここではあんなふうに・・・なんか強引に食事介助をしていますよね?」
俺「はっきり言うと、無理やり食べさせられているのはどうかと言いたいわけか?」
実習生「そう言うわけじゃないですけど・・・」
俺「まあAさんは常に食事量が少なくてな・・・ああでも無理にでも介助しないとどんどん体重が減ってしまうのさ」
実習生「そう言うものなんですか・・・?」
俺「納得がいっていないようだな・・・OK。オフレコで話してやるよ。今からの話は絶対実習日誌に書くんじゃないよ」
実習生「はい。。。わかりました」
俺「あの哀れなAさんは栄養ケアマネジメントの犠牲者なのさ。俺たちが利用者の食事量をチェックしているのは知っているだろ?」
実習生「ええ。私も下膳する時に誰がどのぐらい食事を食べたか書かされました」
俺「そう。ちゃんとどのぐらい食事を食べているのか把握するために食事量をチェックをしている。だがな、食事量をチェックするとこんな風に無理やり食べさせることになるのさ」
実習生「ええっ!!そんな・・・どのぐらい食べているか調べるためじゃないんですか?」
俺「馬鹿馬鹿しい(笑)。食事チェックなんて無用の長物さ。俺たちはこの人たちと24時間ずっといるんだよ。誰がいつもはどのぐらい食べるかなんて嫌でもわかる。ちゃんと観察すれば、誰がいつもより食事量が少ないかぐらいわかるはずさ。食事チェックなんて自分たちがろくに利用者を観察できていないと言っているようなものさ」
実習生「でも、食事チェックをつけることがどうして無理やり食べさせる事につながるんですか?」
俺「いいかい。栄養ケアマネジメントでは8割摂取しないといけない。下膳すると、この食事チェック表に数字で記録が残る。大体Aさんはいつも4割くらいがせいぜいなんだ。でも、それが記録に残ると何を意味すると思う?」
実習生「え・・・。。。わからないです」
俺「この施設はAさんに適切な栄養を提供していないとなるのさ。もっと言えば適切な介護をしていないとも言い換えられる。」
実習生「そんな!!食べないのはAさんだから仕方ないのに?」
俺「そんな理屈は栄養士やこの施設の偉いさん、Aさんの家族には通用しないんだよ。数字が残される介護職側は必死さ。自分たちが無能と言われているようなものだからな。だから数字が残る食事量チェックなんて百害あって一理なしなんだよ」
実習生「そうなんですか・・・でも、健康の事を考えるとある程度食べることは必要なんじゃないですか?Aさんは体重が減っているんだし・・・」
俺「いい質問だね。だが、その前に聞きたい。人間一日に必要なカロリーはどのぐらいだと思う?」
実習生「ええっと・・大体2000カロリー弱でしょうか?」
俺「不正解だね。ギャル曽根並によく食べる人もいれば、小食の人もいるだろ?必要な栄養カロリーは人によって違うとしか言いようがないんだよ。ここで提供される食事は一日1800カロリーぐらい。一般の20代女性が平均2000カロリーぐらいかな。利用者一人一人に適切な食事量は違うのに全員8割以上の摂取を求めるのはおかしいと思わないか?」
実習生「確かに・・・」
俺「もう一ついいことを教えよう。基礎代謝量を知っているか?」
実習生「いいえ、知りませんが・・・」
俺「基礎代謝量とは人が一日何も活動しなくても消費するエネルギー量の事だ。体重×24=でわかるんだよ。Aさんの体重は30キロしかない。さて基礎代謝量はいくらかな?」
実習生「ええと・・・体重が30キロで、30かける24は・・・たった720カロリーですよ!!」
俺「そう。たった720カロリー。Aさんは殆ど一日寝たきり状態だ。せいぜい必要なのは800カロリーぐらいだろうね。だからここの提供する食事1800カロリーなら4割強。つまりAさんは4割ぐらい食べれば十分栄養補給できているわけさ。栄養ケアマネジメントの求めるカロリーはそもそも無理があるんだよ」
実習生「確かにその通りです。720カロリーと1800カロリーなんて差がありすぎます。でも体重が減っているのは事実ですよ。それはどうするんですか?」
俺「わかった。その疑問にも来週答えよう」
実習生との会話にはまだ続きがある。その内容にはまだ驚くべき真実を用意しているので来週のメールマガジンを楽しみにして欲しい。
続く
エル・ドマドール