[20]フォアグラ(中)

前回のあらすじ
施設では哀れなことに無理やり食べさせられる老人たちがいる。その現象をフランス料理にたとえて「フォアグラ」と俺は呼んでいる。無理やり食べさせられる姿が哀れな鴨にそっくりだからだ。前回の実習生の会話の中で俺は3点指摘した。
1 食事量チェックや栄養ケアマネジメントは無用の長物。利用者に無理やり食べさせる原因になっているだけ。
2 一日に何もしなくても消費するカロリーを基礎代謝量という。体重30キロしかないAさんの基礎代謝量はたった720カロリーしかない。4割ほどの食事量でも十分な栄養補給はできている。
3 そもそも人によって食べる量が違うのに、一概に特定のカロリー量を基準に「8割摂取しないといけない」と決めること自体がナンセンス
今回も実習生との会話を続けよう。
実習生「確かに栄養ケアマネジメントや食事量チェックには問題があります。でも、Aさんが体重が減少しているのは事実ですよ。それはどう説明するんですか?」
俺「確かに減少しているね。でも、食事量が減るにはいろんな要素がある。例えば、内服薬。Aさんは前から心不全があるがその治療薬としてユビデカレノンという薬が出ている。その薬の副作用は何だと思う?」
実習生「ちょっとピルブックを見ています。ユビデカレノン、ユビ、、ええっと・・ありました。副作用は・・・食欲不振です!!」
俺「そうだ。他の老人たちもそうだが、ここの入居者は皆ラムネ菓子を食べるように薬をたらふく内服している。あれだけの薬の中にはそりゃ食欲不振になる薬もあるわけだ。それともう一つ・・・彼らがここで食べたがらない理由がまだある」
実習生「何ですか?それは?」
俺「ここの入居者が好きで入居しているわけではないのは知っているよな?」
実習生「ええ。家族では介護できないからです」
俺「その通り。家族からも離されて、周りは見知らぬ人間ばかり。わけのわからない所に拉致されてきたと感じている人もいる。そんな環境で君は飯を食いたいか?食事を満足に食べるには精神的な安らぎが必要なんだよ。つまり、ここは利用者が満足に安心して食事ができる環境を提供できていないから、彼らは食べないんだ。そもそもの前提から間違っているわけだ」
実習生「待ってください!それだと結局体重減少を防ぐ方法はないって言うことじゃないですか?」
俺「そうだ。俺たちはこの問題には何もできない。そもそも環境面に問題があって、一職員がどうこう努力して解決する問題じゃないんだよ。食事一つでも福祉の矛盾が明らかだろうが?利用者は家に帰りたがっている。でも、家で介護できないからこそ、施設に来るんだろ?彼らが家に帰れると思うかい?」
実習生「それは確かに・・無理です。でも、脱水症状が起きて入院するかもしれませんよ」
俺「だからって無理やり食べさせるわけか?それに脱水だけならそんなに問題はない」
実習生「なぜですか?脱水は困るでしょう?」
俺「脱水なら病院で点滴を打てばすぐに回復する。それよりも、無理やり食べさせるほうがもっと問題だ。嚥下障害は知っているかな?」
実習生「ええ。飲み込みが悪いことですよね」
俺「そうだ.。あまり食べない人はそもそも嚥下障害を持っている事がかなり多い。ただでさえ飲み込みが悪いのにそんな人に無理やり食べさせたらどうなる?」
実習生「・・・・・・喉をつまらせて息ができないかもしれないですね・・・」
俺「それを医療や介護では誤嚥と言うんだ。誤嚥とは食物を気管に詰まらせ窒息することだが、すぐ対処しないと死亡することもある。脱水ならまだ点滴を打てば直る。でも、窒息して死亡した場合は取り返しがつかないんだ。だから、脱水のほうがまだいいんだよ。嚥下障害のある人に無理やり食べさせるなんて、誤嚥を起こして死亡させようとしている危険極まりない蛮行と言ってもいい。残念だが、こんなことが全国の介護施設でまかり通っているのが福祉の現状なんだ」
予想以上に福祉の根源的な問題を露にする「フォアグラ」。次週ではどんな展開を見せるのか?次はいよいよ最期。楽しみにして欲しい。
続く
エル・ドマドール