[45]ナンセンスコール(中)
今回も前回に続いて病院および社会福祉施設におけるナンセンスコールについて語ろう。前回で語ったようにナンセンスコールが介護者に与えるストレスは並大抵のものではない。そのストレスは幻聴を引き起こすほどで、職員を退職に追い込む直接的原因になっている。そして、世間で起きている虐待事件もナンセンスコールが引き金になっていることは決して少なくない。
ここまで悪影響が大きいナンセンスコール。ナンセンスコールをする人がどういう人なのだろうか?それを知る必要性は大きい。今回のメルマガではまずナンセンスコールをする人がどんな人間なのかを語ろう。
前号にも紹介したように最近、非常識な119番通報する人がいるのは覚えているだろうか?彼らは施設のナンセンスコーラ―と違い、健常者であるが故に非難を浴びている。しかし、非常識な119番通報をする健常者も施設のナンセンスコーラ―もよく観察をすれば似たような心理がある。
まず彼らに共通しているのが「邪悪な人間ではない」ということだ。意外に思うかもしれないが、ナンセンスコールも119番通報もその迷惑振りは十分非難に値するがそれらをしてくる個人個人はそれほどの悪人ではない。個人個人接してみると別に極悪非道な犯罪者どころかごくごく普通の人であることが多い。むしろ元々は社会的地位の高い人であったり、立派な人であった人も多い。悪人というよりも心理的な問題を抱えた「心の弱い」人間が多い。
しかし、弱い人間だからといって非常識な119番通報もナンセンスコールも許されることではない。一般社会では無駄な119番通報により本当に一分一秒を争う重傷者が犠牲になっている現実があり、施設では一部の無駄なコールにより正当なナースコールをする利用者が援助を受ける機会を妨げている現実がある。しかし、彼らは自分たちのエゴイスティックな行為が他の人に迷惑どころか危険を招いている現実を認めようとしない。合理的に考えれば非常識な119番通報が他の重傷者を危険に晒すことは誰にでもわかるはずだ。施設のナンセンスコーラ―たちも理解力に少々難がある人もいるが、それでも頻繁なコールが他の人に迷惑をかけていることぐらい理解できる能力はある。
非常識な119番通報やナンセンスコールについて彼らを注意、説得しようとしても殆ど効果はない。何を言っても無駄に終わると断言してもいい。先ほども強調したように決して理解力に欠けているのではない。現実を見ようとしないのだ。自分たちのしていることがどれだけ他人に害を与えているのか、直視しようとしないし、認めようとしない。彼らに共通するのは自分にとって不都合なものは受け入れようとしない「現実逃避癖」なのだ。
よく非常識な119番通報者に知識人たちが「モラルや良心が無い人が増えた」と嘆くことがある。勿論彼らには良心やモラルはちゃんとある。驚くべきことにモラルや良心がなまじ強いからこそ、非常識な行為を改められないともいえるのだ。自分たちのしていることがあまりにも非道徳的なのを知れば、その醜悪さに彼らは耐えられない。人間は完璧ではない。誰にだって欠点はある。人間は自分の弱さや醜さを受け入れて認めてこそ、本当の意味で強くなれるのだ。人間は欠陥があるから恥なのではない。その欠陥がある現実から逃げていることが恥なのだ。
彼らの多くはモラルや良心のある完全な道徳的潔癖性・・・つまり「まともな常識人だ」という幻想に溺れているが故にこのような非常識な行為をしているという自覚が無い。無意識のうちに良心の呵責に苦しんでいても意識でそれを認めるのを拒否するのだ。一言で言えば彼らは現実を認められない弱虫なのだ。M・スコット・ペックの著書「平気でうそをつく人たち」(草思社)ではもっとも邪悪な人たちをこう定義している。「我々がもっとも邪悪になるのは自分自身に隠し事をするときである」
そして「現実逃避癖」に伴い、彼らに共通しているのがもう一つある。それは孤独だ。119番乱用者もナンセンスコーラ―もなぜか「他人(あるいは家族)とうまくやれない」人が圧倒的に多い。それはそうだろう。人間関係をうまくやれる人が非常識な119番通報をしたりするわけが無い。元々現実逃避の強い人は他人の立場や気持ちを斟酌することが苦手な人が多い。社会的地位が高い、あるいは年収がある人でもこのような地道なコミュニケーションスキルが乏しい人は案外多く、外見は華やかでも孤独に苦しんでいる人は少なくない。
施設に入所しているナンセンスコーラ―も例外なく家族関係がうまく行っていない。接してみても確かにこれでは家族が敬遠するのは無理は無い・・と思ってしまう人間性の持ち主が多い。血は水よりも濃いと家族の絆の大切さを強調する人は多い。しかし、家族だからこそ憎しみや恨みが他人よりも募るともいえるのだ。孤独だから性格が荒れるのか、人間性に問題があるから孤独になる。悪循環この上ない。
かなり長くなってしまった。次回は最後にこの話の続きとナンセンスコールへの続きを書きたい。
エル・ドマドール
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[44]ナンセンスコール(上)