[66]障害受容(1)
今回は福祉に関わるなら避けて通れない障害受容をテーマにしたい。障害受容は身体障害者や老人福祉などでかなり議論になっているが、これほど根源的で根が深いものはないかもしれない。多くの福祉関係者はこの「障害受容」を口にするが、その根の深さや複雑さは言っている本人も解っていないことが多い。今回はその障害受容に対する誤解を解き、その新たな認識を提案したい。
まずは定義だがこれは簡単だ。障害受容とは「自分の持っている障害をそのまま受け入れる」ことだ。言い換えれば自分の置かれた現実、つまり自分が障害を持っていてそれと付き合って生きていくという現実を認めるということだ。だが、言葉は簡単でもそれを実行するのは簡単ではない。現に俺は障害を受容している人を殆ど見た事は無い。統合失調症、認知症、脳性麻痺など障害を負うのは別に本人たちの責任ではないにも関わらず受け入れられず一人葛藤に苦しんでいる人が多い。まだ苦しんでいるだけなら救いがあるが、殆どは自分と向き合おうとはしていない。厳しい現実や障害から逃げようとしている人が多いが、残念ながら人は自分自身から逃げることはできない。
福祉関係者は「障害受容」という言葉をよく使うが、「障害受容をしないとどのような不利益があるのか?」と聞かれると情けないことによくわかっていないのが現実だ。今回その点に付いても説明しよう。
障害受容とは先ほども言及したが、自分が障害を持っているという現実を認めることでもある。それがないということはまずリハビリが進まない。脳血管障害などで半身麻痺になった状態になるとALD(日常生活動作)などが著しく落ちる。障害が起きてからリハビリをするのは早ければ早いほどいい。リハビリに取り掛かるのが遅いと障害が不可逆(元に戻らないことを指す)になってしまう部分が大きくなる。
ところが障害受容していないとどうしてもリハビリに対するモチベーションにかけてしまう。自分の置かれた現実を認めずリハビリをしたがらない人は多い。しても集中力に欠けたりして効果が期待できないこともある。病院を経て、特養など入所施設に入っている人の中には車椅子の自走の仕方、更衣の仕方などを習っていない人がよくいる。事情を調べてみると病院にいる間にきちんとリハビリで訓練を受けていなかったりする。そんな人が特養に来てからリハビリをしようとしても施設にPTやOTがいなかったり、認知症などが進みリハビリを受けても理解できない状態になってしまうケースが多い。
障害受容とは自分の障害に対しての客観的に理解することとも言える。だから障害受容が出来ていないと思わぬトラブルになる可能性が高い。例えば自分が障害で歩けないのにも関わらず無理に歩こうとして転倒し、さらに骨折したというケースもある。また周りの家族や支援者、ヘルパー、ケアマネなどに八つ当たりして、悪態をつくなどして人間関係に問題を抱える人も多い。障害者本人も苦しいだろうが、周りの関係者や家族だって苦しいのだ。だが、障害受容が出来ていない人はそのことさえ見えていない。
障害を抱える人が反応するパターンには2通りある。まずは最初のパターン、「頑張るタイプ」を紹介しよう。「頑張るタイプ」は優等生的な志向を持つ人に多い。劣等感を解消するためにリハビリを頑張るが、リハビリをしても障害が全部回復するわけではない。現代の医学では何をしても回復ができない場合もある。周りの健常者たちも現実を告げるよりも「リハビリをすれば良くなるよ」などとリハビリをすれば万事解決するような事を言って障害者を錯覚させてしまう。
だが、現実は残酷だ。残念なことだが、重度の脳血管障害などではどんなにリハビリを重ねていっても健常者のように問題なく歩けるようになるわけではない。多少は回復しても何らかの障害は残ってしまう。リハビリを受けている人の中には「リハビリをすれば健常者のようにスタスタ歩けるようになるんだ」と思い込んでいる人がいる。周りの家族や医療従事者も罪作りなもので、リハビリしても万事解決するわけじゃない事を伝えようとしない。
だが、リハビリを「頑張る」タイプの人もやがて本当の現実に気づいてしまう。こうなるとリハビリを頑張ってきた障害者は裏切られた気持ちになってしまう。自分が思い描く障害後の理想像が出来ないことのストレスは障害者本人を情緒不安定にして、周りとの軋轢を作ってしまう。
だからといって「リハビリをしても障害が全部回復するわけじゃない」と告げると障害者は「何をしても無駄じゃないか」と落ち込み、やがて「生きていても仕方ない」と物事に対して厭世観を抱いてしまう。これがもう一つの「厭世観」タイプだ。リハビリもしようとしないし、気力も無いために病気に対する抵抗力も落ちてしまう。このタイプの障害受容できない人々も厭世観から周りとの人間関係を良くしようと努力しようとしない事が多い。根底にあるのが「怒り」と「失望」である彼らは「頑張る人」と同じようにナンセンスコールや口論など周りとの協調性を失うこともある。
両方のパターンに共通しているのはやり場の無い怒りなのだ。以上で障害受容のデメリットを述べた。一つはリハビリが進まず、障害の回復が遅れてやがて不可逆状態になりやすい事、もう一つは周りとの人間関係を悪化させてしまうことだ。また自分の障害認識が甘いために事故やトラブルを招きやすく、将来のヴィジョンも現実離れしてしまう。今回は障害受容が出来ないとどんな不利益を被るのか解説した。次回はもっと詳しく障害受容について語ろう。
エル・ドマドール
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