[85]高齢者の虐待

2018年8月25日

くどいようだが今回も虐待をテーマに語りたい。障害者の虐待、児童の虐待も悲惨だが最も数が多いのは「高齢者の虐待」に他ならない。実際の統計はどうだろうか?
2007年度で児童相談所が対応した虐待件数は約4万件。一方高齢者の虐待は厚生労働省の調査で家庭内で約1万3千件、介護施設内で62件だという。データだけだと児童虐待の方が多いように見える。しかし、俺はこんな統計は全く信用できないと断言する。そもそも15歳未満の人口が1717万人に対し高齢者は2828万人と数で圧倒しているのにどうして虐待の件数では逆転しているのか?そこがまずおかしすぎるではないか?また高齢者介護施設での虐待がたった62件と言うのは有り得ない。いくらなんでも少なすぎる。このデータはあくまでも表沙汰になった虐待ケースをカウントしているに過ぎない。出てきた数字は氷山の一角だろう。表面化してこない虐待はどのぐらいの数になるのかは誰にも判らない。
高齢者虐待の事態が深刻なのはニュースや新聞をなんとなく見ているだけでも想像できるはずだ。前々回で例に出した大阪西淀川の児童虐待殺害事件は痛ましい事件だった。しかし、1998年から2003年の6年間に起きた介護殺人を日本福祉大学の加藤悦子講師が調査した結果、なんと198件だった。単純計算でも1年で30件である。児童虐待も深刻な問題だが、介護制度ができているにも関わらず介護疲れによる殺人事件が絶えない事態はあまりにもひどすぎる。国家が国民の命を守れていないと言われても仕方あるまい。
児童虐待、障害者虐待と同様、高齢者を虐待から守る法律は一応存在する。高齢者虐待防止法が2006年に施行されている。それには虐待の定義づけなどが定められているが、通報義務について注目して欲しい。少し長いが条文を引用しよう。
「第七条  養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。2  前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。」
読んでみてお分かりだろうか?残念だがこの条文には致命的な欠陥をはらんでいる。こんな通報義務は存在しないのと同じだ。重大な危険を及ぼすほどの高齢者虐待を発見した者は通報する義務があるというが、一体誰に通報する義務があるのか?医師か介護職か看護師か?残念なことにこの法律は誰が通報するべきなのか指定していない。「虐待を見た人は誰でも」というのは誰もしなくていいと同じ事だ。
例えばアメリカでは各州でそれぞれ高齢者の虐待防止法を作っているが、それには医師からソーシャルワーカー、看護師、PT、薬剤師、はてには看護助手まで多岐に渡る専門職に通報義務を明確に課している。一方日本の「高齢者虐待防止法」は誰に明確に通報義務を課すのか明文化されていない。細かく些細なことだと言うかもしれないが、これでは通報義務の重さが全くないのだ。
第7条の2項は「虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合は通報するように努める」と努力目標になっているがこれでは使い物にならない。大体「生命の危険がある場合」は通報義務があるというが、その境目はどう定義するのだろうか?肝心なところが曖昧過ぎるのだ。
大体言ってしまえば人間の本性なんてトラブルから逃げる臆病者か面倒な事を嫌う怠け者だ。虐待通報など面倒なことは誰だってしたくない。「利用者のために」などと理想や正義感に燃えていても、いざとなれば己の保身を優先させる。それが福祉関係者だ。特に在宅介護の場合、ヘルパーが家族からの虐待に気付くことはよくある。しかし、虐待通報することは「お客様を売る」のと同じ事だ。ヘルパーは勿論のこと、ケアマネ、サービス提供責任者も収益源を失いたくないから通報などしたがらない。だからこそ言い訳の利かない、強い通報義務が必要なのだ。
施設などもはや前号と同じ事を述べるが、存在そのものが高齢者の基本的人権と相容れるものではない。とりあえず暴行など深刻な虐待に限定しても62件というのは少なすぎる。しかもこの数字にはそもそもの前提に問題がありすぎる。高齢者の介護施設といえば特別養護老人ホーム、老人保健施設、認知症対応型生活介護(グループホーム)、経費老人ホーム(ケアハウス)、有料老人ホームなどがあるが、この中に含まれない介護施設があるのをご存知だろうか?NPOなどが運営するいわゆる「無届け老人ホーム」がそれに当たる。これらは介護保険もあてにせず、老人福祉法の対象にならないために行政が実態把握ができていない。環境も劣悪で、虐待行為なども多い。あの群馬県で火事を起こした老人施設もいわゆる無届け老人ホームだったのだ。それらの虐待が実際どのぐらいあるのかは今のところ判りようがない。
エル・ドマドール
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