[103]疥癬

2018年8月29日

今回のテーマは「疥癬」である。前回の「薬害」の内容を覚えているだろうか?疥癬がどういうものか知っている人も知らない人にも一つだけ言っておきたいことがある。疥癬とは実を言うと「薬害」の一種なのだ。それは後で説明するとして、今度も読者諸兄を啓発するためにあまり知られていない事実を伝えたいと思う。
おそらく福祉関係者以外の読者はほとんどこの病名について知らないだろう。ましてやその症状にリアルに遭遇することもまずないだろう。そのぐらいこの病気は病院や福祉施設独特のものである。
疥癬とは単純に言えば「ヒゼンダニが何らかの原因で大量発生して、その糞と殻にアレルギー反応を起こしてかゆくなる現象」である。 ヒゼンダニ自体はイエダニなどと違い、吸血をするわけでもなく人の皮膚を食べているだけで、そんなに凶悪な存在ではない。その糞と死んだあとの死骸に人体が反応してアレルギー反応を起こすわけである。顔を除く全身に赤い丘疹ができるのが特徴で、特に手の指の間の皮膚がぼろぼろになっている場合はかなりヒゼンダニによる浸食がすすんでいると判断できる。普通は一人当たり1000匹ぐらいいるが、過角質化型疥癬(ノルウェー疥癬)という分類に該当するとヒゼンダニが100万~200万匹ぐらい大量発生している状態で感染力もかなり強い。
この病気もMRSA同様誤解と偏見の対象になりやすい。未だに疥癬に誰かがなったと言うと、本人を部屋に隔離して衣服を黒いビニールに包んで温水で他の人の洗濯物と一緒にしないように洗濯しているところもある。しかし、こんなばい菌扱いはもう不適切なばかりか、人権侵害もいいところだ。
まず感染した本人を隔離することだが、これは全く意味がない。よく誤解されていることだが、過角質化型疥癬でもない限り少し触った程度で疥癬はうつるものではない。ヒゼンダニは通常は皮膚の中に穴を掘って住んでいるためそう簡単に他人の皮膚に移動できないのだ。また感染者の部屋で介護をする時にヘルパーや看護師たちは専用のガウンやエプロンをしているが、そんなもの何の意味もない。何度も同じことを言うが、このような差別的対応は利用者の尊厳を本当にひどく傷つけてしまう。
ちなみに感染者を介護した後よく介護者が「痒くなった」と訴えることがあるが、それは心理的な錯覚だ。疥癬に感染している利用者に接触するという恐怖とストレスがこのような生理現象を起こすのだ。合理的に言って利用者に接触した後、ヒゼンダニでかゆくなるのはあり得ない。ヒゼンダニが人体に住み着いても、いきなり丘疹が出るわけではない。繁殖して何百匹ぐらいの数にならないとアレルギー反応を起こさないのだ。老人や障害者に比べて抵抗力が強く、風呂にも自分で入れる介護者がそのような状況になることはまずないだろう。
また衣類や寝具を毎日洗うのもよく行われている。勿論綺麗な環境を提供することはいいことだし、是非やるべきことかもしれないが、疥癬とそれとはほとんど関係がない。先ほども述べたが疥癬を起こすヒゼンダニは人体を離れると動きが止まってしまう。25度で湿度が低い状態では2,3日しか生き延びることしかできないのだ。しかも足の構造上、ヒゼンダニは布地をかき分けられないため布団の中や衣類を通り抜けることはできない。だから衣類や寝具を換えても意味がないのだ。
もともとどこの施設でも2,3日に1回は入浴もあるし、1週間に1回シーツも換えている。在宅やデイサービスではお世辞にも衛生的とは言えない環境で暮らしている利用者が必ず何人かいる。何カ月も風呂に入らない人だっているし、中にはテレビで見るようなゴミ屋敷の住人みたいな人もいる。だが、そういう人が疥癬になっているかと言えばそういう訳ではない。実を言うと環境や接触以外に疥癬を引き起こす要素があるのだ。
俺も少し前までは不潔な環境が疥癬を引き起こすと信じていた。しかし、実際には不潔かどうかはあまり関係がない。最初に少し述べたが、実を言うと疥癬にかかるか否かは薬が密接に関係している。特にステロイド系の内服薬、外用薬(塗り薬など)は免疫機能を低下させてしまう。免疫機能が普段働くおかげで疥癬になることはないのだが、薬剤で免疫機能が下げられると爆発的にヒゼンダニが増殖してしまう。特に過角質化疥癬にかかっている人はほぼ100パーセントステロイドなどによる免疫機能の低下が関係している。つまり疥癬は薬害なのだ。寝具や衣類を換えることよりも薬の方を止めるべきなのだ。
皮膚科医たちはこのことはおそらく知っているだろう。最近は疥癬になるとステロイド系外用薬を含め内服薬を中止する賢明な医師が増えたことは喜ばしい。しかし、彼らは疥癬と薬害の関係をまだ正式に認めようとはしていない。いい加減に介護職や家族をスケープゴートにするのはやめるべきだ。この病気の物理的な被害はそんなに大したものではない。しかし、無知ゆえに介護者や家族までもが疥癬の感染者とかかわると保菌者だと疑われることは非常に多い。そのようなお互いの疑心暗鬼、不信こそ一番厄介なものなのだ。
昔は疥癬になるとムトーハップという白い液体を入れて入浴させていたが、現在硫黄成分が肌を余計に刺激して、逆効果なことが分かってきた。クロタミトン(オイラックス)軟膏はかゆみを抑える対処療法の軟膏のはずだが、疥癬によく使われている。ただし、似た名前のオイラックスHはステロイドであるため絶対使ってはいけない。最近は1,2回の内服で駆除できるイベルメクチンが保険適応になったので、この薬がよく使われることが多い。
はっきり言って疥癬など入浴を多めにして、イベルメクチンを服用、クロタミトンを塗るだけで十分だ。物々しい警戒や隔離政策など必要ない。だが、無知ゆえに疥癬にかかった利用者をばい菌扱いして余計に傷つけている事態は今も珍しくない。俺はこんな事態を見る度にこんな格言を思い出してしまう。
――エイズそのものよりもエイズに対する恐怖こそ最も恐怖である
エル・ドマドール
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