[122]プリズンブレイク(2)

2018年8月25日

前回は利用者が施設から無断外出して行方不明になり、家族が施設を訴えた事件を紹介した。福祉施設では利用者が無断外出する事件が少なくない。しかし、現場の職員はある程度は仕方ないと容認してしまっている現実がある。本当にプリズンブレイクは仕方ないのだろうか?それを議論する前に俺が体験した事例を話そう。
俺がかつて勤めていた施設であった事例だ。その施設も他の福祉施設同様玄関にはナンバーロックがあり、暗証番号を正しく押さないと内側から出られない構造になっていた。ある日のこと、管理職の誰かが会議でこんな提案をした。「ナンバーロックをしているのは解放感がない。玄関の施錠を止めて開放的な施設を地域にアピールしてみてはどうか?」
よく考えれば無謀もいいところの提案だが、愚かにも早速実行されることになった。だが1ヶ月後結果は見るも無残だった。たった1ヶ月の間になんと10回も無断外出を許してしまったのだ。
何度もプリズンブレイクを許すこの施設に周囲も次第に非難を浴びせ始める。警察からは「またお宅の施設ですか?一体なんでそんなに無断外出が多いんですか」と呆れられ、
家族からは「ウチの母親が出て行くのは判っているのに何をしているんですか!」「何度も何度もなんで行方不明になるんですか?」「もし事故にでもあったらどう責任とるんですか!?」となどと怒鳴られた。
だが、理想に執着する管理職たちは自分たちの過ちを認めたくないのか、嫌な事は考えたくないのかそれでも頑なに玄関解放を続けた。しかし、とうとう11回目の無断外出を許すとさすがに本社も黙っていなかった。本社から「これ以上無断外出を許すなら降格にする」と大目玉を食らい玄関解放はやっと中止になった。
どうして1ヶ月で10回ものプリズンブレイクを許したのか?実を言うと一ヶ月前の玄関解放を決めた会議の際にも「無断外出する利用者はどう対処するのか?」という疑問が出た。その時は玄関の近くには事務所があるんだから事務所の人が見つけて対処すればいい」と具体的な対策を曖昧にしていたのだ。
その頼みの綱の事務所は電話応対や来客中の時は当然のことながら玄関から出て行く人を一人一人チェックする余裕はない。玄関に見張り役の職員を常時置くなど具体的対策を定めないのが原因で10回ものプリズンブレイクを許してしまったのだ。そもそもこの提案をした管理職は「開放的な施設」をアピールして出世したいと自分の野心に夢中だったのだろう。細かい対処法を考えようとしていなかった。
この事例についてどう思うだろうか?「仕方がない」と施設側を擁護する気になれるだろうか?これは決して少数派の馬鹿施設の出来事ではない。無断外出を何度も起こす施設は得てしてこんなものだ。「利用者の命や人生を預かっている」などと口では偉そうに言っても、行動はいい加減で無責任なものだ。ここではっきり言うがプリズンブレイクを許すのは施設側の怠慢以外の何物でもない。 こんな事を言うと福祉関係者は嫌な顔をするが本当の事だ。「怠慢」という言葉が厳しすぎるなら、理想と現実の区別が付かない愚かさが招いた悲劇と言えるだろう。
そもそも無断外出されることがどういうことなのか多くの福祉関係者は判っていない。ごくごく当たり前の事だが、利用者の無断外出とは事故や大怪我、最悪の場合死亡につながりかねない危機だ。だがそれ以外にも問題はある。外出時は金銭など持っていない事が殆どのため、空腹を感じたら何をするか?店に入って食品を手に入れようとトラブルになり、店員に暴行を働いたらもう目も当てられない。福祉関係者からすれば「障害者だから仕方ないじゃないか」と考えるかもしれないが、店側にすれば単なる万引きを働く犯罪者だ。こういうトラブルこそ障害者が社会から排斥される原因になるのだ。多くの無断外出事件は特にトラブルもなく、利用者が見つかることが多い。しかし、少ない確率でも無断外出は事件や事故に発展する可能性を秘めている。こういうリスクを最低限度に抑えるのが自分たちの仕事のはずだ。しかし、何度もプリズンブレイクを許す福祉関係者は無断外出の危険性を非常に甘く考えている。こんないい加減な連中が大口を叩けるのが福祉なのだから恐ろしい。
来週もプリズンブレイクの続きを語ろう。次回はどうすればこんな事態を防げるのか語りたい。
エル・ドマドール
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