[01]初めの一歩

2019年4月29日

もう15年も前の事。私は20歳の時に会社の先輩から紹介されたかっちゃんと22歳の春に結婚式をあげた。かっちゃんはその時25歳。起業して2年、なんとか軌道に乗っていると思ってた。
だけど実際は火の車寸前状態だったのだ。知人の紹介で大きな仕事を任されたらしい。かっちゃんもいつになく張り切っていた。それがかえって裏目に出てしまったようだ。見積もりが甘かったのか、若いかっちゃんがいいように利用されたのかー、採算が合わない事に気づかぬまま仕事を続けていたのが発端だ。
6月頃だったと思う。かっちゃんが私を助手席に乗せ、無言で車を走らせた。そして車を道路の左端に停めて私に懇願してきた。「もう、ひとみに頼むしかない。お金を借りてきて欲しい」と。
フロントガラスから、斜向かいのビルの2Fに消費者金融P社の看板が見える。あそこに行けというのか…。
サラ金なんて。その時は落ちぶれた人のイメージがあって嫌だった。それに、金利が高くてヤクザな商売といわれていた。私が頭を動かさず正面を向いたままでいたら、かっちゃんが追い打ちをかけてきた。「従業員の給料が足りないんだ。頼む。お願いだ」
かっちゃん自身は、今まで商売を何回かしてきたけど、ことごとく失敗してしまい、その時作ってきた借金を踏み倒してきて、今はブラックリストに載っているから借りられないという。
開いた口が塞がらない。こんな人だったなんて。ううん、ちゃんと把握していなかった自分も悪い。いや、そんな事は今はどうだっていい。どうするどうするどうする?
父とは折り合いが悪かった。こんな事を相談できる人もいなかった。自分名義の借金を作るのは抵抗があった。だけど、従業員の給料は支払わなければならない。
従業員の為ー、と何度も心の中で自分に言い聞かせながら、私は思い腰をあげてP社の入っているビルに向かって行った。店内は明るくて感じの良い応対を受けた。怖いイメージが膨らんでいただけに、丁寧な口調で話してくる、ぽっちゃりした中年の男性に好感をもったくらいだ。その時手にしたのは30万円だった。
私は一度免疫がつくと開き直るタイプらしい。給料の支払い日が近づく度に、自ら率先してお金を借りに行った。路地裏のビルの中にある、聞いたこともない名前の所にも。頭の中はお金を借りる事しかなかった。何回目かに訪れたT社で断られた時には借金の総額が100万円になっていた。
山口ひとみ