第25回 経管胃ろう

2018年8月29日

こんにちわ。永礼盟です。ご購読ありがとうございます。

重度の方が退院されてきました。医療が必要な方だったので、病院での治療を受けていたのですが、殆ど医療処置を行わなくていい所まで回復したことと、病院では行えない『人間らしい』生活をさせてあげたいという病院側と、ご家族の願いから今回の退院が決まりました。

ホームに帰ってくるにあたり、問題がありました。お食事を口からとる事が出来なくなってしまったため、経管胃ろうでのお食事だったのです。職員対応で胃ろうを行う事と、ホームで行える医療行為の限界をご家族と確認し、今回の退院となったようですが、我がホームに経管胃ろうの経験を持つ職員が誰もいなかったのです。

以前、私は経験があるからと言うことで胃ろうの御入居様の担当になり、中心となって行けと命令を受けたことがありました。今現在と、その当時では、全くと言っていいほどホームの態勢は違いますが、施設長から経験があるかどうか問われたときに、経験がないと自分を偽りました。

看護士から、経管胃ろうについて研修がありました。胃ろうとは、どう言うことなのか?どういう処置が行われていくのか?その方にとって、どんなケアが必要なのか?胃ろうについて語られました。自分の中では、胃ろうの処置自体ではなく、その方の心の問題がある気がしてなりません。看護士からの説明で、未経験の職員にそこまで深く語れないもどかしさの様な物を感じました。

我がホームで3人目の経管胃ろうの入居者様です。常に野辺様の事を思い出されてなりませんでした。二度とあのような無念な結果を生み出さないようにしていきたいと、気持ちを心の中に隠しました。

「杉山さん!杉山さん!こんにちわ!調子は、いかがですか?」入院する前の杉山さんとは別人でした。視点は定まって居らず、こちらの声かけに対する反応は全くありませんでした。それでも、オムツ交換、体位交換、お食事の際に伺ったときには、声かけを行い、その日の天気などをお話しさせていただきました。

自分が経管栄養を滴下するシフトがやってきました。その栄養剤の匂いで、野辺様を思い出しました。「おう!おう!」経管の準備をしていると、「これから何が始まるんだ?」そんな問いを自分にぶつけてきたことを想いだし、声かけに反応のない杉山さんを見て、不思議な気持ちになりました。一番恐かったのは、溶解した薬を注入するときでした。野辺様がいつも私に、薬を注入するときに管をはずせと訴えられたことを鮮明に思い出したからでした。しかし杉山さんは天井を見たまま何も訴えられません。薬を注入し終え、白湯を滴下しながら野辺様の居室に向かって一礼しました。杉山さんには、「杉山さん!お食事終わりましたよ!まだ少し、ベットはこのままにしますね!」そう声かけし、部屋を後にしました。

口から物が食べられない。その人の気持ちを察する。二度と同じ過ちを犯さないと、自分に誓いましたが、実際こうして胃ろうを行ってみると、どうケアしたら良いのか迷いました。勿論事故がないことが大前提ですが、胃ろうと言う行為、作業が、その方にどう影響するかそこをもっと考えたかったのに、どうしたらそれが具現化するか解りませんでした。

他の職員が、口腔ケアの時に目があったよ。そう教えてくれました。杉山さんが、段々声かけする方を見てくれるようになったことが、とても嬉しく感じました。一つ、一つ、進んでいきたい。そう思う自分が居るのでした。

2003.08.22

永礼盟