[08]モラルよ、さらば

前回は福祉の適性について語った。福祉の適性の一つは「貧乏に耐えられる」ことだとお伝えした。だが、福祉の適性はいろいろある。他にも必要な適性があるのだ。今回は他の適性について語ろう。
今回のテーマは「モラルよ、さらば」だ。これは勿論ヘミングウェイの小説のパロディだが、内容は冗談ではない。福祉の職場ではモラルを捨てなければならない。福祉の一般的なイメージからしたら、とんでもない発言だろうが事実なのだから仕方ない。モラルのある人間こそ福祉業界は要求するし、本当に「モラルのある人間を必要としている」と彼らは思っている。しかし、本当に道徳心のある人間が福祉業界に来たらどうなるか?おそらくすぐに退職するか、首になる羽目になるだろう。
毎回で恐縮だが自分の体験した経験を話そう。俺は某2流の社会福祉学部のある大学を卒業した後、とある障害者施設に勤めることになった。初めての現場で俺は理想に燃えていた。本当に社会の為に貢献できる仕事をするんだという使命感をもってその施設に勤めようとしていた。今と違い、青臭く典型的な「福祉馬鹿」だった。
理想に燃えて就職したが早速、福祉施設の偽善に気づくことになる。そこの施設ではテレビを利用者に貸し出していた。俺は最初はこれは無料だと思っていたがとんでもなかった。1ヶ月3000円の賃貸料を取っていたのだ。貸し出しているテレビは韓国製の小型テレビ。どう考えても1万数千円くらいの代物だろう。なるほど利用者にテレビを貸して半年くらいで元を取り、後は無課税で儲け放題というわけだ。
俺はこれはいくらなんでもひどいんじゃないかと疑問をベテラン職員にぶつけた。「病院ではテレビ代を取られる。それよりは安いからいいんじゃないか」しかし、俺はこの弁解に納得できなかった。病院では主に短期の入院が多いし、もし長期の社会的入院になる場合は自分でテレビを持ち込むこともできる。この施設では自分のテレビを持ち込むという当たり前の権利さえ妨害する。それは施設が利用者に便宜を図っていることを背景にする強制といっても良かった。これはいくらなんでも人権問題ではないのか?
俺はまだ新人ということもあり、あまり波風を立てるような生意気は止した方がいいと思いこのことは沈黙した。しかし、まだこれはほんのジャブに過ぎなかった。
俺はもっとひどい偽善を目にすることになった。この施設には1週間に1回、施設内販売といって菓子や日用雑貨類などを販売していた。この施設内販売はとんでもない代物だった。商品を入荷するのは施設の経営者の家族だった。問題は商品の販売価格だった。なんと価格を調べてみると市場価格よりどう見ても1.7倍くらい高い。原価で入荷していて、販売には施設の職員を使う。粗利は相当低いはずだ。
施設から自由に出て買い物に行けない障害者の参加制約に付け込んで暴利を貪る。違法じゃないかもしれないが、あまりにもインモラルだ。「これが障害者施設のすることか!!俺は利用者相手に詐欺をやるために高い私立大を卒業したわけじゃない!」俺はさすがにこれには声高に文句を言った。だが、この態度が災いしたのかその後も施設側と衝突と続け2年半後には職場を追い出される羽目になった。他の職員は自らの保身の為に沈黙を守った。
これはあまりにも無作法で洗練されていない悪行だが、似たような事はどこの施設でも珍しくない。皮肉なことにモラルを主張する福祉施設ではモラルに反する悪行を強要される。これが現実だ。介護保険以後もそれは変わらない。コムスンも社訓に「正しいことをしろ」と書いていたが、していたことは「正しいこと」とはほど遠いことばかりだった。結局誰でも霞を食って生活するわけには行かない。福祉の業界で食うには悪徳を受け入れざるを得ないし、そればかりか進んで悪行を働かざるを得ない。
問題の施設内販売を指摘した際、分別ある福祉関係者なら「清濁併せ呑む度量が必要なのだよ」と言われたことがある。しかし、俺にはあれは人が良識やモラル、人間性を捨てるプロセスにしか見えなかった。福祉関係者はモラルを捨てなければならないし、自分たちがモラルが無い事を直視せずにモラルがあるふりを演じるダブルスタンダードを持たなければならない。よくよく考えればろくでもない偽善者である必要があるのだ。
良く言えば周りの状況をよく観察して、自分の信念を守りながら施設のニーズにも応じていく柔軟性が必要ともいえるだろう。だが、大半の福祉関係者は福祉の悪行に逆らえずにどうしても人格が歪む。医療の分野でもそうだが、福祉の分野でも時々非常識で独善極まりない厄介な職員を生み出していることが少なくない。職場いじめなどモラルハラスメントや障害者の人権を踏みにじったりするなど、思いやりや優しさなど欠片も無い人間が平気で勤務している。それが「弱い人々」を支える人々なのだ。
初めて福祉の現場に入ったある40代女性はあまりのモラルハラスメントの横行にあきれて次のように述べたことがある。「福祉ってもっと優しい人があるものじゃないんですか??」悪いが優しさやモラルを捨て去った人々がやるのが福祉なのだ。
エル・ドマドール