[38]認知症シリーズ(3)知的能力の低下
今回は認知症シリーズの第3章、知的能力の低下をテーマにしたい。先週語ったように認知症の主な症状の一つに記憶障害があることはわかったと思う。この記憶障害は古い記憶よりも新しい記憶の記銘や保持に難があり、それが様々な行動障害を起こしてしまうのだ。そして今回認知症の主なもう一つの症状、「知的能力の低下」にスポットを当てたい。
知的能力の低下というとかなりの議論を呼ぶことが避けられない。なぜなら高齢者に対してまるで「バカである」といった誤解や偏見を抱いていると過剰反応する「良心的な人々」がどこにでもいるからだ(そもそもそんな過剰反応をすること自体が偏見を持つ証明だが)。
だから俺も業務の中では「判断能力の低下」などと言い換えることが少なくない。しかし、現実に認知症になれば記憶障害と共に知的能力の低下をきたすケースは少なくない。介護のプロとしては情けないことにその現実を無視して介護を行い、更なる誤解や衝突、行動障害を招くケースがかなり多いのだ。「良心的な人々」が何といっても、知的能力が低下している現実は変わらない。知的能力の低下に対してどのような対策が有効か?現実的な提案をしたい。
「認知症シリーズ(1)定義」で述べたように認知症とは器質的疾患による脳機能の低下だ。脳細胞が正常に働かなくなることにより新しい記憶ができなくなると「認知症シリーズ(2)記憶障害」で述べた。今回の知的能力の低下でも本質的には同じ事だ。やはり脳機能の衰えが判断力などの知的能力に影響しているのだ。
*事例1
食事の時におしぼりやティッシュなど明らかに食べられないものを食べようとしてしまう。
解説・・・このように食べ物ではないものを食べる行為を異食と呼ぶ。知的能力の低下して、食べられるものとそうでないものの区別がついてないのだ。中には視力障害の影響もあるが、視力障害の影響がとうとう知的能力の低下を招いてしまうこともある。対策としてはそのような食物と誤認されやすいものを置かないなど消極的なものしかない。
*事例2
田中艶は85歳の女性だ。艶はある日「ここはどこですか?」と聞いてきた。「ここは○○老人ホームですよ」と職員が事もなげに答えた。それを聞いた艶は思いもよらない反応を示す。
「老人ホーム??そんなところに来た覚えはないわ!嫁と息子はどこ?あの嫁が私をこんなところに厄介払いするために置きっぱなしにしたのね!なんて酷いことをするの!今から荷物をまとめて帰ります!」艶は不安になり、帰宅願望を訴えてきた。しかし、当然帰ると言われても帰られるはずがない。
職員は一生懸命に説明した。「今田中さんは家でご家族が面倒を見られないから、ここで生活をされているんですよ。いきなり帰ると言い出されたらご家族様が困るじゃないですか?前も家族様が来てちゃんと説明して納得されたでしょう。嫁に置き去りにされたなんてそれはご家族様に酷いですよ!」
なかなかの熱弁だったが田中は気持ちが静まるどころかますます興奮してしまった。「あなたが教えてくれないなら自分で出口を探します!!」と施設を徘徊し始めた。
解説・・・このように自分がいる場所や置かれている立場などの理解が乏しいことを見当識障害と言う。「今何時ですか?」など時間の感覚がないのも見当識障害に入る。この障害は記憶障害とも密接な関係がある。記憶障害の影響もあるのだが、その後の説明の理解も知的能力の低下で理解していないことも注意して欲しい。田中艶は自分が老人ホームに入所した経緯を完全に失念しているため、現在入所していることを納得できていない。ましてや帰宅願望は利用者にとっては当然の権利だ。
多くの利用者は殆ど人権無視状態で軟禁されていることを忘れてはならない。前号でも同じ事を言ったがこの場合も「NOと言ってはならない」「ためらうことなく嘘をつけ」を実践して欲しい。そしてその後の職員が一生懸命説明しているが内容が複雑で利用者の混乱と誤解を招いている。相手は難しい御託は聞く気もないし、理解する能力もない。できるだけシンプルに話すことだ。
この場合は田中に次のように嘘を付くことを薦める。
職員「田中さんは家に帰りたいんですね(←共感を示す)」
田中「そうよ。是非家に帰らないといけないの」
職員「ご家族様は夕方来られると今連絡がありましたよ」
田中「え?!そうなの」
職員「ええ。本当ですよ。夕方までここでお待ちください」
田中「そうねぇ。悪いわねぇ。じゃここで待たせてもらうわ」
*総括*
軽い認知症進行レベルだと多くの職員は健常者と同じような対応をしてしまう傾向がある。認知症高齢者自身も体裁を取り繕うとするために誤解が誤解を呼んでしまうところがあるのだ。それでいてプライドは高いために幼児を扱うような対応は怒らせてしまう事も少なくない。なかなか認知症の対応は難しい。
以下にポイントをまとめたので参考にして欲しい。
・プライドや面子を大事にする
・安易な否定は禁物。共感を示す
・難しい話はできるだけシンプルに話す
・ためらうことなく嘘を付け
エル・ドマドール
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