[088]ネーミング

 私が子どもの頃から興味があったことのひとつにネーミングがあります。自分の名前は自分では選べませんが、一生その名前で呼ばれ続け、名前はアイデンティティそのものでしょう。会社や商品だって存在する限り、多くの人に呼ばれ、認識され続けるわけで、会社や商品に名前をつける人はどんな思いをこめるのか関心がありました。
 実は起業したとき、一番苦心したことのひとつが社名を考えることでした。日本では法律で同じ法務局の管轄内で同業に同じ社名あるいは類似した社名はつけられないことになっていますから、自分で案をいくつか練っておいて法務局で法人名の閲覧をしてチェックしてから登記を行なわなければなりません。
昔の社名はそのものずばりが多く、山田建設であるとか東京鉄工所のようにオーナーの名前や地名に業態を表す言葉をつけたものが多く、わかりやすくおぼえやすかった気がします。そのうちカタカナ社名が氾濫してきて、和製英語や英語プラス日本語、はたまた意味不明の横文字の社名が氾濫してきました。バブルの頃、たくさん会社ができましたが、あるとき社名の由来についてたずねたところ、「響きがカッコいいからです。意味はありません。」と答えられ、ちょっと不安に思ったこともあります。そして現在も、新規上場する企業の名前など、何語なのか何をしている企業がさっぱりわからないものがたくさんあります。また、フランス女性の名前を持つお店に行ったらアジア雑貨のお店だったこともあります。
私の場合は、海外と仕事をすることが主眼であったため感覚的ではなくきちんと意味を持つ英語の名称、ただしカタカナにしても長くならず日本人にも覚えやすいもの、ありふれていない、という点をポイントに何日か英和辞典を片手に単語をひろい数十の候補を用意しました。なぜ英和辞典かというと、ひとつの単語にはいろいろな意味やニュアンスを持っていますので、マイナーなイメージの意味がないかどうかをチェックするためです。五十音の「あ」もしくはアルファベットのAから始まる社名のほうがリストなどで検索をかけるとき常に先頭にあるので目立ちやすいという説も頭をよぎりましたが、それにはこだわりませんでした。結果として、五十音でもアルファベット順でも終わりのほうになり、これはこれで目立つかも知れません。
 最近読んだ中で面白いと思ったのは中国では意味のないブランド名は通用しないという記事でした。中国ではブランド名はすべて漢字になります。中国全土で考えればアルファベットを読める人口はまだまだ少ないからです。漢字といっても地方により発音は違いますから、漢字本来のもつ字の意味で伝達するのです。たとえば、スポーツ・ブランドのナイキは「耐克」となります。標準語では「ナイコォ」という発音で当て字ではありますが、違う発音をされても忍耐して打ち克つというアスリート魂や丈夫さをアピールできます。ひらがなやかたかなといった表音文字を共有できないお国柄ゆえの知恵でしょうか。そして横文字や音の響きをカッコ良いとする感覚的な日本人に比べ、中国人のほうが実利的な国民性のようにも思えます。
河口容子