[121]めざせ国際派シニア

 退職された技術者、研究者 1万人以上からなるネットワークのアジアでの中国をはじめとするアジアでのビジネス展開のお手伝いを始めて約 1年になります。昨年 2月13日号に書いた「溺れる者はチャイナ・マネーにすがる」をご覧になったある著名TV番組の制作会社の方がたから「今後ほんとうに中国企業による日本企業の買収や投融資がどんどん増えると思いますか」という質問を受けた記憶があります。それから 1年も経過していませんが、もはや誰もが不思議な事とは受け止めていないはずです。
 それと同時に優秀な退職技術者の募集も中国をはじめ東南アジア諸国から来ています。私自身は技術者ではありませんが、最新の技術を学んだ人は世界中どこにでもいることはわかっています。ところが、ひとつの企業で新入社員から管理職になるまで何十年という専門的な経験を持っている技術者層が厚いというのは日本しかないのではないかと思います。
 貿易の世界も似たところがありますが、貿易を本や学校で勉強したところで、ビジネスに適用する場合はやはり「経験」には勝てない局面が大きいのです。経験はお金では買えないし、盗むこともできません。経験を持っている人は一番の資産家というのを新入社員のときに上司から教えられたおかげで、会社員の間はできるだけこの資産を増やそうと努力しました。同僚からは単なる「仕事中毒」あるいは「点取り虫」に見えたことでしょうけれど。
 日本では、バブルの崩壊以降、主として中高年をターゲットとしてリストラが進み、「経験」という尺度は無視されてきました。ところが、途上国においてこの「経験」が高く評価され始めたのは何とも皮肉なことであり、チャンスでもあります。


 経験と技能があれば、退職後も何らかの形でそれを生かすのが世のため、自分のため、と思うのは不思議ではありません。事実、私の周囲にはそうやってコンサルタントや顧問のような形で海外に職を求めて行った人が何人もいます。
 実際に海外で働きたいという退職技術者を調べてみてわかったことですが、まず中高年特有の問題、ご本人が行きたくても健康上や家族に関する問題のため行けないという比率が高くなります。また、非常に国際化した人材の多い分野とまったくそうでない分野があることにも気づきました。完全に国際化している方については、海外から直接アプローチもあるでしょうし、またご自分で積極的に仕事を探します。ところが、上述のネットワークで相談の依頼があるのは、アジアの企業で働くことを天下りか何かのように気楽に考えている人、逆に時代錯誤もはなはだしいほど異常に不安視する人が多く、私はあきれたり、笑ってしまうこともしばしばです。
 基本的にいえるのは、大企業で長年暮らしてきた人ほど、自己責任やリスク・マネジメントの意識が薄いことです。企業がいかに社員を保護してきたかの証なのですが、ありがたみは退職するまではなかなか実感しにくいものです。リスクはきちんと認識さえすれば回避はできますのでチャンスは獲得すべきでしょう。「めざせ、国際派シニア」とエールを贈りたいと思います。
河口容子
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