第14回 Iさん

2018年8月28日

こんにちわ、永礼盟です。ご購読ありがとうございます。

新しい職員、新しい施設長を迎え、ほんわかと優しい風に包まれております、我がホーム。少し若い職員が増え、元気を貰い、活気づいている気がします。

施設長も、二十代後半ではありますが、経験値は高く、依存度はかなりたかくなっています。前に、施設長について少し触れましたが、自然なケアに、とても共感を覚えます。

我がホームですが、立ち上げから、やっと数年が経とうとしております。幾度となく、職員の入れ替えや施設長の入れ替えが行われてきました。

なぜ、そのように入れ替えが多かったかは、落ち着きがないホームというレッテルがはられていたからだと思います。今回、大幅に入れ替えが行われたことは、メルマガで触れました。私は、なぜか今のホームに留まる事になったのですが、以前、力不足と言うことで、今回のように他のホームに研修に行ったことがあります。

辞令的には、他のホームでの研修、勉強でしたが、本当のところは、お前じゃ無理だからのいてろ。その間に、経験豊富な人材で一気に立ち上げる。と言う物です。

本音と立て前の、悲しい実状でした。いくら、一生懸命に取り組んでも、結果がなければ、組織の中で認められないのです。今回の辞令を見て、その当時を思いだしました。

難しい御入居の方がいらっしゃいました。iさんと言うとても厳しい方でした。お部屋に伺うと、まずはお叱りを受けることから始まります。そのお叱りは、ごもっともな物が殆どで、間違いを指摘されるような感じです。

Iさんは、あまり訴えがありません。その変わり、職員が間違ったことをしたら、ご指摘を受ける。そんな状況です。私は、そのIさんが、得意ではありませんでした。あまり物を語らないIさんが、恐かったのです。

お部屋にお伺いしても、手や、顔を横に振るなどの反応しかなく、どう接して良いか全く分からなかったのです。耳が遠く、コミュニケーションを好かれないと言うことは、情報として上がっていました。「今日も、嫌な顔されるのかなぁ...」そんな気持ちを抱きながらも、憂鬱を心に隠し、毎日、毎日、iさんのお部屋にお伺いを立てました。

その当時も、今回のように、職員の入れ替えが行われました。その中に、私永礼盟も含まれていたのです。数ヶ月の間、他のホームで勉強をしてこいという辞令でした。

私は、Iさんに挨拶をする事を、一番最後にしました。指で、チョイチョイと、「帰れ」と言われる事を恐れたのです。しかし、iさんの反応は違いました。

「iさん、私は、他のホームでの研修を言い渡されたので、数ヶ月の間、勉強することになりました。」そうIさんにお伝えすると、いつも手や顔の動きだけで会話されていたIさんが、大粒の涙を流しながら、こう訴えられました。

「私は、あなたが帰ってくるまで生きていられるかどうか解らないけど、私には、あなたが必要です。それまで生きていられるかどうか解らないけど、必ず、必ず、帰ってきてくれると約束してください。」

いつも、邪険にされていたと思っていたのに、iさんの思いは違ったのです。この時、ハッとさせられました。なぜ、iさんの本当の心を理解できなかったのだろう?と。なぜ、その外見から、態度から、物事を捉えたのだろう?と。iさんの心の奥を見ることが出来なかった自分が、とても恥ずかしくなりました。

iさんに、そう言われて、初めて自分を見てくれていたんだ。そう思い、目から鱗が落ちた思いになったのを、今でも強く覚えています。

その時の、iさんのお言葉が、今の永礼盟を支えていると言っても過言ではありません。多くを語らなくても、真実は曲がらない。自分の信念を忘れていたことにハッとさせられ、その言葉が自分を支えています。

「私には、あなたが必要。」ヘルパーとして、こんなに嬉しく、重い発言があるでしょうか?何も語らない人からの、過大なる評価。必ず、帰ると心に誓い、新しいホームに向かいました。

今、その時と同じような光景を目にして、iさんの言葉を書きたくなりました。人事異動と御入居様との信頼関係。多くを語らない方が、たった一言でそれ以上の物を語る凄さ。今でも、iさんの言葉を思い出すと、涙が出ます。いつか、このメルマガでiさんに触れたいと思っていましたが、今回人事異動があったことを機に書いてみました。

実際に、永礼盟とIさんとの約束は守られました。何ヶ月かの研修後、iさんの元に新しい顔を見せることが出来たのです。

やはり、iさんは多くは語りませんでした。そのIさんが、永礼盟にかけてくれた言葉があります。

「戻ってきてくれてありがとう。」

今、ホームにIさんの姿はありません。iさIさんの居ない今、私は声を大にこう言いたい。「こんな自分を待って居てくれたことに感謝します。その気持ちに、答えられるよう、精一杯努力します。」と。

言葉は交わされないまま、Iさんは居なくなってしまいました。でも、iさんと言う存在が、今の私に大きく影響しています。

5月の風と、温かい雰囲気に包まれた我がホーム。その暖かさに触れ、心の奥でIさんを想う自分が居るのでした。

2003.05.28

永礼盟