第71回 流し素麺

2018年10月25日

こんにちわ、永礼盟です。ご購読ありがとうございます。

早いもので、昨年の流し素麺から一年が経ちました。今年も同じ企画を行う事になり、去年を振り返ったのですが、その時に居た職員はもう数人しか残っていませんでした。落ち着かない状態の中で、なんとか形にして行ったレクリエーション達。それを企画し、実行して行った仲間がいない事に気がつき、とても寂しい気持ちがします。今年は数人の経験者と、新しい職員で行う事になりました。

悲しい事ですが、流し素麺を行う事をよく思わない職員もいます。原因は新体制、旧体制で出来た派閥にある気がします。我々に派閥を作る気はないのですが、新体制の中からリーダー補佐が選ばれた事で、旧体制のメンバーを煙たがる雰囲気が生まれているのです。

去年のイメージを持っている職員が中心となって動いて行きました。竹は新しく裏山から刈って来て、二つに割ります。ヤスリをかけ、平らな状態を作り上げて行きます。通常業務を行いながら、合間に流し素麺の準備をします。新体制の嫌みに耐えながらの準備です。

旧体制の私から言わせてもらえば、今は職員の人数も増え、疥癬や胃ろう等の対応は全くないのです。我々は、今の半分の人数で通常業務と疥癬対応や医療行為と闘い、その中でレクリエーションを作り上げた経緯があるのです。そんな嫌みを言うぐらいなら、少しは協力してくれよ。そんな事を思ってしまいます。あれだけ不穏と言われ、去年は大変だったけど、職員が協力し合う姿は何物にも変えられない宝だったと痛感しています。悪い雰囲気の中、意地と言うエゴで自分を押し通そうとしてしまいます。通常業務はしっかりとこなし、流し素麺の準備をしても文句の言えない状態を作ります。そんな自分のエゴを、良く思う訳もなく、なんだかんだスキを見つけては嫌みを言われました。

鰹パーティーの時と同様に、本部からの助っ人を招き、他のホームからゲストを迎えての本番となりました。去年はぶっつけ本番で、素麺が竹の道を流れるかどうかさえ分からなかった。でも、自分たちで作り上げたと言う実感があったし、利用者とも和気あいあいで、「本当に流れるの?」と、流し素麺にならなくてもその雰囲気を作ってくれた事が嬉しいみたいな感じがあったんです。今年は、暖かい雰囲気はなかった。失敗すれば良いと思う新体制の雰囲気、去年と明かに違う空気に戸惑う自分を含めた旧体制の職員。自分たちが作り上げるのではなく、企画だけが一人歩きしてしまっているような感じを受けました。

結果は、大成功でした。しかし、何か戸惑いを隠せない自分がいます。新体制になって落ち着いた事は確かです。でも、それは新体制だけが頑張ったのではなく、お互いの協力なしでは成し得なかった事だと思うのです。そもそも、新とか旧とか言っている自分が悪いのかもしれないけど、リーダー補佐になった瞬間に態度が一変した職員がいる事は事実です。そしてこの人に、一番古い職員である私が邪魔で仕方がないのは、誰の目にも明らかなのです。

利用者に喜んでもらおうと企画した流し素麺の裏で、リーダー補佐が心地よいと感じる距離を測る自分がいます。その事が良い事なのか悪い事なのか分かりませんが、笑顔の裏側に複雑な思いを隠しているのでした。

2004.08.18

永礼盟