第22回 流れる麺

2018年8月29日

こんにちわ。永礼盟です。ご購読ありがとうございます。そして、メールを下さった方々にこの場を借りて、お礼申し上げます。一通、一通、目を通して、色々な想いが生まれます。メールを頂いているのに、返事が出来なくてごめんなさい。

7月も半ばを過ぎたというのに、梅雨が晴れませんね。時には、寒いぐらいの日もあって、本当に夏かな?と疑ってしまいます。カラッと晴れ渡って欲しいと思う自分が居ました。でも、夏の暑さが嫌いな方には、好都合かも知れませんね。

そんな梅雨空の晴れない7月に、我がホームでは色々なイベントに挑戦しています。七夕パーティーや、外出ドライブ、盆飾りのお供え等、レク係がたくさんのイベントを企画してくれているのです。

今回行われたイベントは、『流し素麺』でした。我々、職員同士でも、流し素麺の経験を持つ物はおらず、どんな風に具現化していくのか楽しみでした。七夕の時に、近くの林から笹を刈ってきましたが、最初はこの笹を再利用しようと言う試みでした。

七夕が終わり、その笹を割ってみると細すぎることに気づかされます。素麺が流れるどころか、薬味すら流れない細さに絶望しました。そこで、笹を再利用することを諦め、新たに林からぶっとい竹を調達することに決めたのでした。

今度の竹は、長さが2メートル半ぐらい有り、申し分ない太さの物です。それを半分に割り、素材造りが始まります。若い職員の、垣田君の腕の見せ所です。

半分に割った竹を、丁寧にヤスリをかけ、滑らかに仕上げていきます。3本の棒を縛り、竹を傾ける土台を作り、同じ竹で固定する台を拵えました。本番はホースで水を汲み上げようとしたらしく、そのホースにも飾り付けをしようと、素敵な造花をレクで作ってもらっていました。くみ上げた水を受け止める盥は、まるで檜風呂温泉に置いてあるような、とても風流な盥でした。全て、天然素材で作り上げた垣田君の技術に脱帽です。半月くらい前から、準備を始めていたようですが、実験する事は出来ていませんでした。この素材達が、理屈上では上手く行くのですが、本番で成功するかどうか、誰にも解りません。本番前日に、イメージを具現化してみました。

二本の竹を、高い位置から、低い位置へ設定し、直線に並べました。約4メートル程の流し素麺の道が出来上がります。しかし、実験では素麺は流せず、水が低い位置へ流れることしか確認できませんでした。誰も、成功のイメージを持てないまま、本番を迎えようとしていたのです。

垣田君が、「俺、明日休みだから、永礼さんあとお願いしますね。」そう告白されました。「ほぇ?」唐突に言われたので、一瞬その事態を飲み込めませんでしたが、すぐに「俺がやるのか。」と言うことに気づかされました。

垣田君の技術に感心していて、かなり人ごとだったのです。本番は、進行通りに手伝いをしようと勝手に思っていました。垣田君から、お願いされて、事態は急変しました。

「俺がやるのかぁ...」誰も、予想できない流し素麺に未知の不安を感じました。垣田君が、ここまでやった物を、私が引き継ぐことに不安を感じながらも、勢いに任せるしかありませんでした。

当日を迎え、早速流し素麺造りに取りかかります。進行係に指示を仰ぎながら、厨房と連携を計ります。幸い、この企画に乗ってくれた梶原さんが、全ての『食』をかって出てくれたのです。素麺を茹で、薬味を用意してくれました。梶原さんの提案で、おやつの時間ではなく、お昼に当てればどうか?と言うことで、その日のお昼のメニューに素麺が加わりました。素麺と言うことで、普段はお茶碗に盛るご飯も、今日は黄粉おにぎりにしてくださいました。

新しい協力者のおかげで、企画に拍車がかかります。自分の気持ちも何となく乗ってきました。竹をセットし、良いイメージを持ちながら本番を迎えられそうな気がします。早めに誘導を行い、いつでも始められる状態を作りました。

好評だったのは、竹に盛った薬味でした。竹筒に、ネギやミョウガ、大葉に刻み生姜。これでもかと言うぐらい盛りました。めんつゆは、竹筒に盛り、気分だけは盛り上がっていました。後は、ぶつけ本番で素麺が流れるかどうかにかかってきました。

もう度胸を決めるしかありませんでした。もしも出来なくても、ご愛敬で許して欲しい。そんな開き直りの気持ちが返って良かったのかも知れません。垣田君の努力を知っている御入居は、それがどんな風に具現化するのが楽しみと語って居られ、実際にセットされた流し素麺の竹を見るだけで、「すでに流し素麺の50%を、目で楽しませてもらったわ。」そう語って下さいました。

準備は整いました。本番が始まります。今日の趣旨をお話しし、どんどん流し素麺の方へお越し下さいと語りました。

まずは、自立の方が前へ来られます。素麺の束を竹にセットし、やかんの水で流します。スルスル~っと、素麺は流れます。その下では、「あ~!上手く受け取れない!」と歓喜の声が上がります。大成功です。

次から次へと、素麺をとりに来てくださいます。テレビで見た光景と一緒の流し素麺です。イメージの中では、づっと素麺が流れ続けていましたが、我がホーム。そんなに急かさなくて調度良いじゃないか。目の前の光景を見て、心の底から思いました。

入居者様が、前に来たら「流しま~す!」そう言って一束、一束、やかんの水で流す。竹を通る涼しげな水に押され、素麺達が綺麗な線を描きます。入居者の歓喜の声。素麺をキャッチできた声、キャッチし損なった声。梅雨の晴れないこの日、久しぶりに太陽が顔を見せました。太陽の光が、流し素麺をスポットライトのように照らします。

車いすの方も、1人、また1人と流し素麺の場所へ誘導し、楽しんでもらいます。「取れないのよ~!!」アルツハイマーを患われている方も、流れ来る麺をキャッチすることに集中されていました。素麺を取れない方には、檜の盥に素麺を乗せ、かち割り氷をぶっかけてお席にお持ちしました。思いの外皆様食べていただけました。

「よくここまで形にしましたね。」1人の御入居様が発言されました。私は、その言葉をこう受け取っています。

「不完全ではあるが、雰囲気は十分に伝わった。」その言葉が、この企画の中で、なぜか一番嬉しかった言葉なんです。満足させることはとても難しいけど、少しベクトルがゴールに向かっていることを感じたのでした。

最後に、この企画に協力下さった梶原さん。天然素材でこれだけの物を作り上げた垣田君。当日の進行を一手に引き受けた崎田さん。この企画の時間に、お部屋から出られない方々のケアをしてくれた木下さん。車いすの方、食事介助の方、細かいケアを引き受けてくれた藤原さん。沢山のスタッフが、『流し素麺』と言う企画を成功させようと奮闘して下さいました。ここに、感謝の気持ちを述べさせていただきたいと思います。こんな、充実感を味あわせてくれたみんなに感謝!

2003.07.28

永礼盟