第74回 脱走

2018年10月25日

こんにちわ、永礼盟です。ご購読ありがとうございます。

それは、一本の電話で知らされました。出社にはまだまだ早すぎる時間に、ホームから連絡が入ります。「永礼君、すぐにホームに来てもらえませんか?」一体何事でしょうか?

寝ぼけた声で「何かあったんですか?」と尋ねると、小野寺さんが脱走したとの事。大変な事態です。すぐに出社の準備をします。通勤途中にそれらしき人はいないか、老人の失踪事件を話している人たちはいないか、駅に情報が集まっていないか、リーダーから指示をもらいその指示通りに行動しました。電車に乗る駅では、徘徊事件が起こった事を伝え、協力を仰ぎました。

ホームに着くと、組織のナンバー2や本部のスタッフ。他のホームの施設長が、我がホームに来て、特別捜査本部を設置していました。公休だった職員も全員呼び出され、捜索にあたります。ホームの近くは勿論、何駅も遠くまでの距離を捜索しました。しかし、何処にも見当たりません。探しに出た職員全員が、見つからないだろうなと感じたそうです。見つかるイメージが出来なかったと、ナースも話してくれました。

職員全員で探しに出る事は不可能です。ホームに残り、通常業務をこなさなくてはなりません。私は、通常業務をしました。ホームに着いても、これと言って指示もなく、動きようがなかったのです。探しに出ている職員とは別で、ホームの中は静かでした。まるで台風の目のような。脱走事件があったなんて空気はみじんもありません。むしろ、いつもよりも落ち着いているようにも感じます。

夜勤明けで、一日公休を挟み、この日出社した職員が、先日入院された利用者の所へお茶を持って行こうとしているのをみて、入院した事を告げると目を大きくして「本当ですか?」とびっくりしていた。そんな大事な事を申し送られていない事に私の方がびっくりしましたが、状態を説明し入院の経路を口頭で伝えました。お茶を作ってくれたのは派遣ナースで、派遣ナースもこの件を申し送られていなく、最近落ち着いていた我がホームが俄にゆれている事を感じずにはいられませんでした。

お昼過ぎに、小野寺さんが見つかったと言う連絡が入りました。協力をお願いしていた警察からでした。ホームからはほど遠い場所の警察から、小野寺さんと思われる方を保護しているので来て欲しいと連絡が入ったのです。なぜ小野寺さんらしいと解ったかは、ファックスで写真を一斉に流したからだそうです。組織とホームの敏速な対応に驚くと同時に、この対応がホームの我々末端まで情報が届くのにかなりの時間がかかる事を痛感しました。

脱走事件が起こってから、今だ詳しい情報がおりていません。とにかく施錠の徹底を言い渡されるだけで、ホームを出てからどういう対応をしていたのか全く見えません。運営の問題で、我々には関係のない話なんでしょうが、末端全員がこの情報の共有をはかっていた方が良いと思うのですが、最近救急対応や不穏な利用者が多く、そこまで行き届かないと推測出来ます。故意に情報を流さない訳ではないと思うのですが、このままでは少し不安です。最近なぜ落ち着いていたかは、こう言った緊急事態がなかったからかもしれません。ちょっとこう言う事態が重なってドタバタすると、通常業務が回らなくなるのは避けたいと思います。まずは、このような事態が起こらないように心がけますが、起こった時には自分の在り方をどうしたら良いか再確認した気がします。

今回の脱走事件で、小野寺さんに大事がなくて本当よかったと思います。これは、運以外の何物でもありません。もしも、何かトラブルや事故に巻き込まれていたら、沢山の人に傷が残ります。勿論小野寺さんご本人様に申し訳がありません。二度と犯してはならない事故だと反省します。

もう我がホームには必要がない職員だと言う雰囲気は解っています。その中で、自分が出来る事、やらなくてはいけない事は、しっかりと肝に銘じたいと思っています。元々仕事ができるタイプではないし、介護を目指した時の精神を今こそ貫かなくてはいけないと思います。

何か起こって、出口が解らなくなったらコツコツと出来る事だけをやる。今は、他人の目や人の評価が怖いけど、マイペースを貫く。早く錯覚から覚めたいのですが、まだまだ出口は遠そうです。

2004.09.14

永礼盟