[18]汝、信じるなかれ
前回の「差別する障害者」は改めて障害者、いや人間の業の深さが理解できたのではないだろうか?お互いに障害者だから、老人だから、差別されている同士連帯するわけではないのだ。
今回もさらに厳しい現実をあなた達に突きつけよう。
俺は職場に新人職員や実習生が入ってくるたびに次の言葉を必ず何度も言う。
「いいかな?ここでは利用者の言葉を鵜呑みにしてはいけないよ」
「利用者から何か頼まれたら、必ず周りの先輩職員に確認してね」
「利用者から何を言われても必ず裏づけを取るんだよ」
表現方法は微妙に変えているが、全部本質は同じだ。あまりにもストレートに言うとショックだから回りくどく言っているが全部同じ事を言っているのだ。それが何なのか解るだろうか?
結局のところ
「汝、信じるなかれ」だ。「利用者の言う事を頭から信じてはならない」そう伝えているのだ。
この発言を聞くと、「それは酷い。障害者や老人を差別している!!」と憤る人もいるだろう。しかし、そう言う人には改めてこう問い質したくなる。
「君は今の人生の中で一回たりとも嘘を付いたことはないのか?」
勿論そんな人間はいるわけがない。健常者も嘘を付くなら、障害者の中にも嘘をつく人間がいる。ただそれだけだ。
健常者でも携帯電話をトイレに落として、修理費用を払いたくないが為に「端末の不具合で故障した」と言い張る人間がいるように、障害者でも老人でも障害や疾病が原因で現実と違う主張することがある。ましてや意図的に嘘をついて職員を騙そうとする利用者もいるのだ。結局障害者や老人も健常者と同じように嘘をつくことがあるだけなのだ。
人間そのつもりはなくても、事実を勘違いして誤って伝えることがある。特に対立する利害関係などでその傾向は顕著だ。あるプロ野球の投手が年俸交渉の時に提示された年俸は七千万だった。その投手は「評価が低すぎる。倍にも行っていない!!」と記者会見で怒りをぶちまけた。対する球団側はあまりの認識の差に困惑を隠せない。「前年の3700万円よりも2倍近く上げている。きちんと評価しているのに何が不満なのか?」
これはどちらが間違えているとか言える問題ではないのだ。お互いの認識にギャップがありすぎて誤解を招いてしまったのだ。こんな時に、新聞記者やマスコミは必ず対立する利害関係の両方にコメントを聞いてなるべく客観的に報道しようとする。それを「裏取り」と言うのだ。
健常者でもお互い誤解しあうことがある。ましてや事実認識に問題のある障害者や認知症老人ならもっと誤解しあうだろう。だからこそ、最初に障害者に聞いたことを鵜呑みにせずに裏づけを取り客観的な事実を見つけようとするのは福祉のプロフェッショナルとしてごくごく当然の話なのだ。
しかし、とりわけ介護保険制定後、レベルの下がった介護現場では今でも利用者の発言を鵜呑みにして問題をより複雑にしてしまう介護者は多い。
例えば、認知症の症状として時々被害妄想(物取られ妄想)が出ることがある。また認知症は記憶障害も併発している事が多く、数分前の行動を本人が忘れてしまっていることがあるのだ。そうなると財布や貴重品の保管した場所が覚えられずに見つけられないため、被害妄想癖が影響して周りにいる人に財布を盗まれたと訴えるケースがたまにある。
勿論こんな訴えは単なる被害妄想だから何の証拠や裏づけもないのに本気にしてはいけないが、愚かにも利用者の被害妄想を本当だと解釈する福祉関係者がたまにいるのだ。しかも、介護保険以後介護のレベル低下は著しく、管理職クラスでも認知症や障害についてよくわかっていない人が多い。この場合だと、疑われるの利用者の一番近くにいる介護者なのは言うまでもない。確かにニュースなどで本当に老人から金品を盗むヘルパーもいるが、それはほんの一部だ。だが、無実の罪で疑われた方はたまったものではない。
じっくり裏づけを取り、利用者本人の様子を観察すれば真相が見えてくるのに、無知なばかりに現場の介護職を傷つける。悲劇ここに極まれりというしかない。
エル・ドマドール
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