[79]施設が燃えるとき

今月(2009年3月20日)群馬県にあるNPOが運営する高齢者施設「たまゆら」で火災が発生し、10名が亡くなった。その事件の報道は読者諸兄もよく覚えているに違いない。特にこの事件では例のNPOの杜撰な施設管理が非難された。有料老人ホームとして無届だったり、つっかい棒で施錠していたため逃げ遅れたこと、スプリンクラー設備がなかったことなど。確かにあの施設には火事で死傷者が出た責任は免れない。
施設で火事が起こることなどめったにない。しかし、多くの人々は施設で火事が起きた場合を考えると不安にならざるをえないだろう。俺はこの事件を見て、ぜひ今回老人ホームに限らず施設で火事が起きた場合どうなるかを伝えるべきではないかと思った。施設の防災設備などの現状、そして実際火災が起きたときに本当に無事に助け出せるのか、それらの真実を語ろう。そして今回は悪夢のような真実を俺はあなた方に告げる。覚悟をして欲しい。
例のNPO施設「たまゆら」は施設としての管理体制の不備をかなり非難された。その反面、きちんと防火設備や体制が整っている施設は大丈夫であると思われがちだ。だが、俺はここで言いたい。結論から言えば、どんな優秀な防火設備を備えた施設でも火事が起きた場合はほとんどの利用者を助けることはできない。きちんと消防訓練をしていて、消火器やスプリンクラー、警報装置、散水ホースなどがあってもたいして差はない。実を言うと、福祉施設は手抜き工事など構造的な欠陥が多い。前にも言ったが福祉は非常に金食い虫だ。建物自体にお金をかける余裕がないのだ。たとえお金があっても相手がたかが障害者や老人だと舐めきって、きちんと設備を整えないろくでもない施設もある。
確かに消火栓やスプリンクラーは正しく機能すれば、消火できるだろう。だが、人間普段めったに起こらないことには上手く対応できないのが常だ。消火器や散水栓を実際使ったことのある人間はそんなにいないだろう。ましてや9割がたの施設職員は消火器がどこにあるのか知らない。諸君の中で今消火器がどこにあるかすぐ言える人はいるだろうか?警報装置などは99パーセントが誤報。ひどいところだと誤報の度にトラブルになるのが嫌気がさして電源を切ってしまっているところもある。
スプリンクラーにしてもほとんど無意味。設置費用が高くメンテナンスも高くつくため、小規模なグループホームなどはその設備すらないところも多い。例のNPO施設も設置してなかった。例えあったとしても最も危険な厨房や居室ではセンサーの感度が低く設定されている。いちいち料理や喫煙の際に散水されてはたまったものじゃないからだ。大体天井近くまで炎が届かないと作動しない。天井近くまで火が届いたらもう手遅れじゃないのか?と言いたくなる。消防庁は「実験では消火効果はなくても抑制効果は十分ある」と強弁するがそれはあくまでも「実験」における環境ならではの話だ。実際の人の生活環境にはいくらでも可燃性の物質が転がっている。近くにスプレー缶や石油ストーブがあればどうなるのやら。
火事になったNPO施設では夜間の無断外出を防ぐためにつっかい棒で施錠をしていた。ここで言っておくが、夜間施錠をしない施設はまず存在しない。それが火事の時に裏目に出ることだとしてもだ。普通に鍵をかける施設が多いが、現在はナンバーロックの施設も多い。そしていざ火事が起きたときにこのナンバーロックはきちんと機能しない可能性がある。メーカーは「非常時には開錠するようになっている」と説明するが、それが真実かどうかは実際に火事になるしか確かめようがない。
まだ平屋で2階以上に誰も利用者が住んでいなければまだ可能性がある。しかし、特に夜間で階層が2階以上は絶望的だ。その場合は利用者がせめて一酸化中毒で苦しまずに死ねることを祈るしかない。こんなことを言うと必ず「なんて酷いことを言うんだ!」と反発があるが、残念だがそれが現実だ。何千万という入居費用を取る高級な有料老人ホームでも火事になった場合、利用者を見殺しにするしかない。絶対傷つかない素材や燃えない素材を建物に使っているなら話は別だがそんなものは地球上に存在しない。まだあのNPO施設の場合、1階に住んでいる利用者は何人か救出できたのだからそれだけでも救われる方だ。これが7階建てくらいで100人以上が暮らす施設なら1階以外の人は全滅だろう。
これは普通のマンションやアパートでも同じだが火事や地震の際、エレベーターは使えない。その際非常階段で脱出するのだが、おそらく火事の際非常階段を無事に下りられる利用者などほとんどいない。しかも夜間の場合、夜勤者は施設にもよるがだいたい介護者一人で10人から30人の利用者を看ている。動けない利用者を助け出そうとしても車椅子もエレベーターも使えないのにどうして一人40キロ以上ある人間をたった2,3人の夜勤者で救出できるのだろうか?2階以上に住む利用者は火事に起こった場合、危険どころではない。見殺しにするしかないのが現実だ。恐ろしいことに福祉関係者、政府関係者、建築関係者の誰もそのことを直視しようとしない。だが、俺は敢えて言っておく、火事で死にたくないなら1階に住むことだ。いい眺め欲しさに高層階に住むなら公正証書役場で遺言状を作ることを勧める。
またせっかく消防訓練を受けていても介護職員が本当に火事の際、救助活動をするかどうかかなり怪しい。はっきり言って利用者を見捨てて逃げなかったらたいしたものだろう。なぜなら介護職員の忠誠心はゼロに等しいからだ。介護職員は真面目でモラルがある人間だと思っている人は多い。介護職員自体そう信じている節がある。だが、火事のような非常事態になれば人間の本性が露になる。普段介護職員は利用者から殴られたり、無理難題なエゴを聞かされている。給料もとても命をかけられるものではない。サービス残業を平気でやらせる雇用主がどうなろうが知ったことじゃない。現に俺から「もし火事になったらどうする?」と聞かれた答えはこんなものだ。「自分が好きな利用者だけ抱えて逃げ出す」「絶対逃げるね。命をかける価値なんてない」残念だがこれが介護職員の本音だ。言っておくが彼らはごく普通の人間だ。あまりにもひどい職場環境が忠誠心やモラルを奪ってしまうのだ。彼らが命がけで利用者を助けることなどまずない。この俺も同じ質問をされたら「命がけで助ける」とは言えない。
エル・ドマドール
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