[101]サービス残業

もう、結果が明らかになったが、総選挙の結果は当然のことながら劇的な変化をもたらすものになるだろう。自民党政権から民主党政権に変わったことにより、これから世の中がどうなるのか目が離せなくなった。実を言うと俺はあることがどうなるのか注目している。それは暗黙の慣行として黙認されがちなサービス残業である。労働組合が支持基盤の民主党がこの悪しき慣習にメスを入れてくるのは避けられないだろう。
実を言うと、福祉はサービス残業を抜きには語れない。もう福祉の現場で働く読者諸君もこのことはよく実感しているだろう。俺も今まで避けていたわけではないが、この話題を100回越えるまで不思議と出したことがほとんどなかった。今回はサービス残業について語ろう。
他の業界でもサービス残業は問題になっているが、福祉ではもうとっくの昔よりサービス残業は当たり前のように定着している。福祉に携わる諸君の中でもサービス残業をしたことのない人はまずいないだろう。
暴論もいいところだが、少し前までは福祉=サービス残業は当たり前という福祉関係者が少なくなかった。どうして福祉だけがサービス残業が当然なのか?福祉は利用者に奉仕するのだから、サービス残業は仕方ないだろという理屈だ。こんな経営者のプロパガンダとしか思えない暴論が搾取される側の従業員側からも聞かれていたのだ。
しかし、俺はここでも言いたい。他の業界はいざ知らず、福祉においてはサービス残業は百害あって一利なしだ。なぜなら福祉は介護者がきちんと厚遇されていないと、その影響がダイレクトに利用者に行くからだ。前からずっと言っているが、自分の権利を守れない人間がさらに弱い利用者の人権を守れるわけがない。逆に利用者を搾取する側に回るのがおちだ。前述したサービス残業を正当化した職員にしても、利用者に対して暴言を吐くなどやはり利用者の人権を踏みにじっていた。これらの行為が虐待にエスカレートして、施設内での殺人や死亡事故に結び付くことだって珍しいことではない。最近よく話題になっている刑務所内での暴力事件にしても、本質は同じなのだ。処遇する側の人権が正しく守られない限りこのようなことは絶えることはない。
サービス残業は他にも深刻な禍根を残す。職員同士も虐げられいるために余裕がなく、人間関係が悪化して深刻な内部対立や権力争いが起こってしまう。なんせどれだけ施設に貢献したか(=利用者に貢献したか)の目安としてサービス残業が使われるのだ。口では利用者のために残業するというが、実質は利用者をダシにする実に醜い権力争いが繰り広げられてしまう。サービス残業が常態化している職場はエゴむき出しの醜いスタンドプレーや権力争いがどうしても蔓延しやすくなる。なぜか?サービス残業ですでに犠牲になっている職員たちに更なるチームプレイを要求しても聞き入れるわけがないからだ。このようにして、内紛だらけの利用者不在の職場になっていまっている所は実に多い。もちろん言うまでもないが、こんな内紛だらけの職場は離職率も例外なく高い。俺が体験した職場だと1年間に17人職員が辞めたところもあった。勿論100人いた職員が17人辞めたという意味ではない。26人いた職員が17人辞めてしまったのだ。
福祉は最も離職率の高い産業の一つだが、これには蔓延しているサービス残業の影響は無視できない。長時間の労働時間のために燃え尽きてパンク状態なってしまい、うつ病になってしまう職員も少なくない。またモラルハラスメントや権力争いに敗れて、屈辱感のあまり辞めてしまう人もいる。屈辱的な仕打ちを受けて、恨みを抱いた人の中には元の職場に報復する人もいる。悪い評判を言いふらされたり、またはインターネットの掲示板で批判されたり、風評被害も馬鹿にならない。だが、まだこれらはまだかわいい方だ。もっとえげつない報復の仕方があるのだ。
それは労働基準監督署に駆け込むことだ。内部告発者を不利に取り扱うことを禁止した公益通報者保護法はあるものの、労働基準監督署に行くことはすでに退職したか、もはや退職前提の行動であることが少なくない。辞める前に報復がてら正規の残業代を貰おうというわけだ。法律に詳しい人なら、辞める何カ月も前からタイムカードをコピーしたり、勤務簿ならメモを残したりして念入りに準備して労働基準監督署に駆け込んでいる。経営者でも知らない人が多いが、この労基署の行政指導はとっても恐ろしいものだ。都道府県の監査などと同じものだとたかをくくっていると痛い目に遭うだろう。彼らの権力は税務署よりも上なのだ。
労働基準監督署は刑事訴訟法で定められた特別司法警察員でもあり、犯罪捜査を行う権限を与えられている。勿論警察官と同じように押収や尋問、逮捕をすることもできる。現に2003年にある特別養護老人ホームの経営者が労基署の指導に従わなかったために逮捕までされている。しかし、普通は違法行為を見つけても、いきなり逮捕するような真似はさすがにない。最初は是正勧告書と指導票を置いていくだけだろう。しかし、この是正勧告書を甘く見てはいけない。これは簡単にいえば「不払い賃金の支払命令書」なのだが、労基署にチクった従業員にだけ正規の残業代を払えばいいというものではない。ここに労基署の恐ろしさがある。
なんと、 従 業 員 全 員に時効にあたる過去 2 年 間 分 全 額 支 給しなければならないのだ。
従業員全員に2年分の不払い賃金だけではなく、解雇予告手当、割増賃金、休業手当を含み、必然的に増えた分の社会保険料も支払わなくてはならない。大企業の場合だと億単位の請求になることも珍しくない。自業自得とはいえ、残業代をきちんと支払わなかったツケはあまりにも痛すぎる。このような事態に備え、企業の中にはタイムカードを退社時刻に打刻させた上で残業させたり、印鑑だけの勤務簿にするところもあるが、そんな馬鹿な真似はやめた方いい。労基署には何時から何時まで残業させられたかというメモだけで十分指導理由になる。これに他の従業員の署名やメモまであればなお心強い。勤務簿なんて労働管理など全くしていないと同義語だ。これでは従業員のメモにより満額回答を余儀なくされるだろう。そしてタイムカードを退社時刻に打刻させて残業させていることが従業員に証言で明らかになった場合は、タイムカードの信憑性がゼロで労務管理の証拠にならないことを意味する。つまり高い金を出してタイムレコーダーを買った意味はないということだ。
どこの業界でも人件費を削るために残業代を目の敵にする経営者は少なくない。ホワイトカラーエクゼンプションなど知的労働者の給料を時間ではなく成果で計ろうとする動きもある。しかし、俺はここでも言いたい。世間の常識とは反するが、残業代を払わない場合の方が人件費は高騰する。
アメリカは週450ドル以上稼ぐ知的労働者には残業代を払わなくてもいいホワイトカラーエクゼンプションが適用される。だが、残業代を払って貰えない人の方がはるかにコストが高くつく。例をあげよう。かつてクリントン政権で財務長官を務めたロバート・ルービン長官は退官後、あのシティグループの会長に就任した。そこで経営判断を誤り、26兆円ものの損害を会社に与えてしまう。それにも関らず彼が会社からもらっていた給料はなんと年俸1億ドル(約100億円)。日本の経営者でこんな億単位の報酬を貰っている人はどれだけいるだろうか?けた外れの報酬に世論からの反発は当然だ。
公的援助を受けたAIGが社員に4億ドルという常識はずれのボーナスを与え、世論の反発を受けたことは記憶にまだ新しいだろう。この時、AIGは「ボーナスを出さないと社員が辞めてしまう」と理解を求めた。確かにアメリカの金融ビジネスマンは長時間仕事をする。 しかも残業手当なしでだ。しかし、残業手当がないということはその成果に対する報酬の単価が無限大に高騰する可能性があるということだ。だから、アメリカのビジネス報酬はとんでもない額になりがちだ。逆に言えば、残業代があれば時間数×単価だからどうしても限度がある。残業代があると、人件費が増大すると経営者がよく主張するが、残業代がない方が人件費が膨らみやすいのが現実なのだ。
エル・ドマドール
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