[105]障害者自立支援法

2018年8月25日

現在、障害者自立支援法が揺れている。すでにこの法律、「生活権の侵害」だと何人もの障害者が裁判を起こしていた。しかし、先日の総選挙で事態は急変。民主党が障害者自立支援法に代わる法律を制定するために原告と裁判所に3ヶ月の猶予を求めたのだ。 障害者の社会保障サービスが良くなるのではと障害者関係者や障害者たちは期待しているとのことだ。
ここで話題に上がる「障害者自立支援法」とは一体何であろう?同じ福祉関係者でも老人福祉分野に携わる人などは知らない人も多いだろう。
簡単に言えば「中途半端な障害者版介護保険」だと思えばわかりやすい。この法律は2006年にそれまでの支援費制度に代わり施行されたが、その内容ははっきり言って障害者にとっては不利になるものだった。それまでは収入に応じた応能負担であったのが、利用したサービスの1割を負担する応益負担に変わり、介護保険の要介護判定と同じく障害判定区分が導入された。その結果障害者は以前よりも多くの金銭負担を強いられることになり、その不満が渦巻いているのだ。苦しいのは障害者ばかりではない。施設や事業所も収入が激減し、しかも利用者が負担増のために利用を減らせば、その分が施設の収入も減ることになった。
障害判定区分も問題だ。これは介護保険の要介護判定をモデルにしている。介護保険でも介護負担が大きい、よく動いて無断外出などを繰り返す認知症老人は軽めに判定されてしまう欠陥があるが、障害者の場合も同じ欠陥が早くも露呈した。どちらかというと問題行動が多く、重点的な見守りが必要な知的障害者や精神障害者は比較的軽度の人が多い。しかし、こういう人は要介護も軽度に判定され、十分な見守りが必要にも関わらず必要なサービスを受けられないという問題が発生しているのだ。老人の判定さえ正確にできないのに多種多様な障害者の判定が役人にできるわけがないのだ。
そして最大の問題はサービスがどれぐらい供給できるのかは自分が住んでいる自治体に左右されてしまうことだ。これは老人介護分野にいる人には少し理解しにくいかもしれない。介護保険なら要介護度5の人は月約90ぐらい時間の身体介護サービスを1割負担で受けられるが、これはほとんど全国どこへ行っても同じだ。単価の違いは自治体によって多少差があるがほとんど1点=10円だと解釈してもいいぐらいの微妙な差だ。しかし、障害者自立支援法は違う。どのぐらいサービスの供給をするかは自治体の判断に任されているために同じ障害でもある都市では50時間のヘルパーサービスを受けられていても、別の都市では30時間しか受けられないことが平気であり得るのだ。こんな馬鹿げた事態に障害者たちが怒り出すのは無理はない。おそらく地方分権の思想がこの政策に反映されたのだろうが、物には限度がある。
障害者がこの法律に不満を述べるのは当然かもしれない。世論もどちらかというと彼らに同情的である。しかし、それは障害者自立支援法の中身を一般の人はよく知らないからだ。障害者側も自分たちに不都合な情報を隠しているところがある。障害者自立支援法の本質をよく調べると、障害者たちの主張には簡単に同意できないところはたくさんある。今回はそれを俺が白日のもとにさらそう。
まずは障害者たちが文句を言う1割負担、応益負担だが、あれはとてもじゃないが応益負担と呼べない。確かに1割負担は事実だが、月額上限がある。住民税を払う世帯でも最高37200円。低所得2(世帯の年収80万以上だが住民税非課税)は24600円、低所得1(世帯年収80万以下)は15000円、そして生活保護なら負担なしだ。つまり、住民税を払う世帯でも最高37200円以上払わされないのだ。こんなもの事実上の応能負担ではないか。厚生労働省も馬鹿ではない。障害者を締め付けたら世論から袋叩きに遭う。だからこんな保護策をしているのだ。また介護保険では介護保険料を払っているが、障害者自立支援法にそれはないことも強調しておく。
そして自治体や障害判定区分次第では、介護保険よりはるかに恵まれたサービスを受けている障害者が多い。ある障害者がこんなことをマスコミに訴えていたことがある。
「障害者自立支援法のおかげでヘルパーサービスが月150時間に減らされた」
俺はこの発言に耳を疑ってしまった。介護保険では要介護度5でも一割負担は月90時間ぐらいが限度だ。ましてや徘徊など一番手のかかる認知症の場合、身体能力は高いため要介護度は低くなる。すると、90時間ぐらいが60時間程しか1割負担でしか受けられなくなる。老人介護をしている人が障害者自立支援法を見るとなんて言うだろうか?
言っておくが、老人介護は悲惨の一言だ。介護殺人、介護自殺、新聞で1週間に一度でもこんな記事が載らない日はない。一度でいいから門野晴子氏の本を読んでみるといい。自分の母親を介護するルポタージュだがその内容は壮絶だ。「区役所に母を棄てに行くわよ」など過激さでは俺のメルマガにも劣らない。だが、ここまで肉親に言わせるほど介護保険は冷酷なのだ。
勿論、権利を削られる障害者たちの不満は分らないでもない。だが、それでも老人介護に比べれば、はるかに恵まれているのは事実だ。正直申し上げると老人介護をしている俺に言わせれば、障害者自立支援法に反対する人々の主張は後期高齢者医療制度(廃止の方向だが)同様、声高なエゴの合唱にしか聞こえない。
1割負担になり、収入が減ったと言う障害者は多い。例えばこんな例がある。
ある障害者授産施設に通う障害者がいた。授産施設とは障害者が簡単な労働をして、工賃を貰う施設だと思えばいい。自立支援法以前、彼は1か月の工賃一万円貰うことができた。わずかなお金だがいきがいになっていた。しかし、自立支援法施行以後彼は食事代とサービス利用料を請求され、それが三万円。差し引き-2万円負担することになったのだ。彼には相当なショックだった。
この事例を持ち出して、障害者自立支援法の欠陥を攻撃する人が多い。しかし酷なようだが「それはそうだろうな・・・・」というのが俺の意見だ。授産所は赤字経営もいいところで障害者に給料を払うどころではない。政府からの補助金抜きではやってゆけないのが現実なのだ。市場原理を導入したら、授産所はどこも倒産だろう。ノーマライゼーションや平等主義を実施して健常者と同じ立場になれば、賃金を貰うどころか利用料を払わなければならない。これが現実だ。健常者でもネットカフェ難民などろくな職につけていない人もいるのだ。障害者もそれなりの負担は覚悟した方がいい。今の日本社会は障害者を保護する余裕さえない。
エル・ドマドール

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