[27]サービスを選べるのか?

先日「正しい老人ホームの選び方」というテーマが載った雑誌を見かけた。介護の問題も昔と違い社会的に認知されるようになったが、まだまだ誤解や無理解が少なくない。俺はこの「正しい老人ホームの選び方」にかなり違和感を覚えた。
このメールマガジンの読者の多くは社会福祉で働く人だけではなくて、社会福祉のサービスを利用する立場の人もいるだろう。今回は利用する人たちにとっての「選ぶ権利」を議論しよう。
俺は「選ぶ権利」と聞くと介護保険が施行される直前の1999年ぐらいを思い出してしまう。あの時は介護保険の登場を社会全体が歓迎していた。政府や専門家、御用学者たちが口々に皆介護保険を絶賛したものだ。
・これからは行政の一方的な「措置」ではなく「契約」になる。
・サービスを自分の意思で選べるようになる。
・利用者の権利が強くなり、お客様だと思わなければならない
・巨大なマーケットになり、介護業界が活発化する。
だが、今思うとお笑い種もいいところだ。認知症老人に殴られながらオムツ交換をしたことが無い連中がこんな出鱈目を平気で述べる。その頃から現場にいた俺はこんな話など詐欺もいいところだと信じていた。介護保険が施行されて7年以上経つが未だに「サービスを選ぶ権利」「利用者と施設の対等な関係」などまずありえない。
そもそも「サービスを選ぶ権利」って何なのだろうか?言っておくが、サービスを選ぶと言うのは供給が需要を上回るのが前提条件だ。施設やサービスが溢れるぐらいあって要介護者を競争して取り合うぐらいじゃないといけない。でも、介護保険施行前から老人ホームは2、3年待ちは当たり前だった。それだけ供給が足りない上、これから老年人口はどんどん増える。どうやったら利用者側がサービスを自由に選べるようになるのか?介護保険前も選ぶのは利用者ではなく施設側だった。施設は自分たちに都合のいい利用者を常に選んできた。そのことは介護保険制定後も変わっていないのだ。
このことについて2000年ごろに元自治体職員と話す機会があった。彼は介護保険に大騒ぎする世間に懐疑的な見方を示した。「よく、介護保険がサービスを自由に選べるようになると言って、まるで私たちが関わってきた措置制度がまるで利用者を相手の意思も尊重せずに無理やり施設に入所させたように言っていますが噴飯ものですよ。私たちは利用者に施設入所を強制したことはありません。利用者に’あの施設に入りたい’とか希望があっても2,3年待ちが当たり前なんですからそう簡単に入れないですよ。だからどうしても第1希望でない施設を紹介してそれを本人も家族も仕方なく了承するんですよ。施設の数が少なすぎるんです。施設の数が足りない現状を何とかしないと利用者が選べるようになるなんて無理です」
こんなことを言うと、福祉の実態を知らない人からこんな反論が来るだろう。「民間が参入することにより、在宅や有料老人ホーム、ケアハウスの供給が増えて需要を満たせるようになる。そうなれば利用者がサービスを選べるようになるし、殿様商売の特養など競争原理で駆逐される」現状を見れば、こんな反論に意味は無いだろう。そもそもこの反論には肝心な要素が欠落している。それは「福祉はとてつもない金食い虫」だと言うことだ。
詳しくはバックナンバー第5号「福祉はビジネスになるのか?(上)」を参照にして欲しいが、本当に老後を安心して暮らそうと思えば軽く億単位の資産が必要になる。多くの人々は福祉がお金がかかる事を殆どわかっていない。福祉がお金がかかるのは経営者が無能とかそんな小手先の方法で解決できる問題ではない。もはやそれは福祉の構造的な問題で仕方が無いものなのだ。サービスを選べるのはよほどの資産家だけの話だ。お金が無い人間には選択の余地は無い。
国は当初、介護業界に民間会社を参加させ競争原理を働かせることにより、福祉のサービス向上やコスト削減を得られるのではないかと淡い期待を抱いていた。しかし、現在競争原理でサービス向上やコスト削減など得られているだろうか?コムスンが違法行為を繰り返し廃業を余儀なくされたようにサービス向上など論外。また介護保険自体が赤字に転落し、介護報酬の減額を行った。民間参入が持ち込んだものは責任と理念なきケイオスだけだった・・・・民間で福祉に従事している人は不愉快だろうがそういわれても仕方あるまい。
少し話が横道にそれたが、結局のところ満足のいく福祉サービスはそれなりにお金がかかる事を強調しておく。億単位の資産が無い限り、選ぶ権利は利用者にない。それはサービスを提供する側にある。現に入所サービス、特養や老健はナースコールを乱用するなどの問題行動をする利用者の入所を忌避して、介護しやすい利用者を入居させている現状がある。措置と違い契約は利用者と施設の自由意志のよるものだから、「この人は入所させない。他所を当たりな」と拒否されればそれで終わりだ。
こんな事を述べると「正当な理由のないサービス提供拒否は違法では?」と注意深い人から指摘があるかもしれない。しかし、「正当な理由」などいくらでも付けられる。「ウチの施設ではこの人を介護する余力はありません」などと言えば監督行政でさえ何も言えないのだ。
福祉の世界では利用者に選ぶ自由など与えられていないのだ。前号でも似たようなことを言ったが福祉関係者や行政の言うことを真に受けていてはいけない。
エル・ドマドール
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