[35]リハブ
今回のテーマはリハビリテーションについてだ。第33号「後期(長寿)高齢者医療制度」で医療保険について議論をしたばかりだが、今回はリハビリについて語ろう。日本語では略称で「リハビリ」となっているが、面白いもので英語ではrehabと略す。そこで今回は本来の読み方の「リハブ」をテーマにした。
2006年4月からすでに厚生労働省は診療報酬を改定し、脳梗塞などの脳血管疾患については180日、運動器リハビリ(骨折など)と心大血管疾患リハビリは150日、呼吸器のリハビリは90日の制限日数を設けることにした。この制限日数を過ぎても診療報酬が支払われなくなったのだ。この制度は一昨年から始まっているが狙いはもうお分かりのように医療費の削減に他ならない。厚生労働省は介護保険施設などが受け皿になると言ったが、未だにそれは実現できていない。介護保険施設も費用がかかるリハビリ関連投資はしたくないのが本音なのだ。
俺も今も現役で介護職員をしているが、殆どの施設のリハビリ事情はお粗末なものだ。介護保険上はリハビリを義務付けているがそれを守っているところなどはっきり言って殆ど無い。デイケア、老人保健施設などでは提携している、または経営主の病院からPT(理学療法士)が派遣されてくることがあるが、病院との経営上のつながりを持たない施設などはリハビリの存在など無いところが殆どだ。リハビリスペースを設けるように義務付けられているが大抵食堂やリビング代わりになっているのが現実だ。勿論ホットパックやプーリー、トレッドミルなどの設備など無い。PTも週1回のアルバイトが来るだけのところが多い。俺がかつて勤めていた障害者施設はリハビリ設備はあったが、実際にリハビリを施していたのは生活指導員?つまりPTの資格など無い素人が医師からのリハビリ処方箋を読んでやり方は本物のPTに教えられてしていたことがある。
この制度改定も今の後期高齢者医療制度ほどではないが、かなりの反発を買った。
「患者からリハビリを受ける権利を剥奪するのはおかしい」「そもそも脳血管障害のリハビリは180日と制限する根拠は何なのか?」「人によっては長期のリハビリを必要とする人もいる。一律的な制限は患者の病状を無視する非合理なものだ」
俺も確かに一律的な期間でリハビリを認めないのはおかしいと思う。同じ脳血管障害でも麻痺や障害の重さは歩けるぐらいの人もいれば、歩けるどころではない人もいる。人によって必要とされるリハビリ期間は違うとしか言いようが無い。しかし、一方で厚生労働省が主張するように「改善の見込みが無いのに、無為にリハビリを続けている」という例も確かにある。医療従事者、とりわけリハビリ関係者は認めないだろうが障害や疾病の状態、または年齢によってはリハビリしても効果が頭打ちになるケースもある。意味がないとは言わないが結果が疑わしいリハビリ、投薬、検査・・・・医療制度が出来高払いを続ける限り医療費はどんどん肥大する傾向にあるのだ。
俺はそもそもリハビリの制度以前に本人のやる気や意思が問題なのではないかと思うことが度々ある。設備が充実している病院でベテランPTの指導が受けられないと機能回復しないのだろうか?前述したように俺がかつて勤めていた障害者施設では素人がPTの役割をしていた。勿論これはモラル的にも法的にも許されることではないし、技術にも問題があるだろう。しかし、ある程度の代替が効くことを証明している。要は本当にやる気があれば機能回復はできるのではないかと主張したいのだ。
俺の友人がある有料老人ホームに勤めている。そこでこんなことがあった。ある80代の女性はいつも優雅に箸を使って食事をしていた。しかし、寄る年波か、緑内障を患っていることもあり視力の衰えが顕著だった。老女はある日箸ではなく、スプーンを持ってくるように友人に言った。
友人「○○さん、できれば箸を使って食べましょうよ」
老女「最近目が見えにくくなってねぇ。スプーンの方が食べやすいでしょ?スプーン持ってきてよ」
友人「もし○○さんが、箸で食べられないというならスプーンを持ってきますよ。でも、箸で食べられないわけじゃないでしょう?まず箸で食べてみてください。それでダメならスプーンを持ってきますよ」
友人はあくまで箸で食べることを薦めた。しかし、老人の答えは頑なだった。
老人「私は目が見えないって言っているのよ。そんないけず言わなくてもいいじゃない!」
友人「緑内障になっているのはわかります。でも、自分で努力しないと困るのは私じゃないですよ。○○さんじゃないですか?残酷なようですけど、人間の体は動かないと本当に動けなくなるんですよ」
老人「私は高いお金をだしてここに入っているのよ!スプーンをさっさと持ってきて」
友人はこれ以上は時間の無駄だと悟り、黙ってスプーンを持ってくることにした。読者諸兄はこのケースから何を感じただろうか?たとえ素晴らしい設備のあるトレーニングジムがあっても、何もしなければフィジカルは向上はしない。世の中努力しても報われない事は多いが、フィジカルは正直だ。艱難辛苦を乗り越え努力すれば機能回復するが、自分を甘やかせば衰える。リハビリをしている時間よりもその他の時間が長いのだ。生活リハビリという言葉があるように、本人の生活態度が大事なのだ。
エル・ドマドール
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