[57]転職シリーズ(2)鎖国メンタリティ

前号で福祉施設や福祉企業はなぜか異様に福祉の経験者を忌み嫌うことを強調した。今回はその理由を説明したい。
前号と同じ事を繰り返すが、福祉施設が欲しい人材は1番が卒業したばかりの新卒者、そして福祉未経験の人、一番欲しくないのが福祉経験者だ。論理的に考えれば福祉の経験者の方がある程度福祉に対する免疫があるので有利のはずだ。現に未経験の人は排便処理などで抵抗感を克服できずに辞めてしまう人もいる。しかし、福祉の職場にそんな論理は通用しない。彼らがなぜ福祉の転職者を嫌うのか?それは福祉界に渦巻く鎖国メンタリティが大きい。
鎖国メンタリティとは何か?
洋の東西、時代や場所を問わず人間には見知らぬ者や文化を恐れる排他性がある。人類の歴史はそのような異文化交流の摩擦と調和の記録でもあるのだ。そして現代問答無用に人、モノ、金が地球規模で移動するグローバリズムの時代になってしまった。しかし、福祉の職場はそんなグローバリズムとは反して未だに自分の殻に閉じこもる鎖国主義を実践している。
福祉の職場がなぜ他所の福祉経験者を嫌がるのか?前号でも語ったようにいろんな理屈をつけるが、結局は見知らぬ人や文化を恐れる鎖国メンタリティが大きい。
福祉の職場はそれぞれの施設が独特の理念や社風を掲げている。給与システム、人事考課などに独自の考えやアイデンティティーを盛り込んでいるところがある。しかし、福祉の業界は外部との交流が少ないため、どうしても社会一般と比較する機会が少ない。自分たちがしている事を客観的に知る機会が少なく、社会常識と乖離しているところがある。福祉の常識は社会の非常識と俺が断言するゆえんだ。
極端に言えば福祉関係者は井の中の蛙であり、自分たちの施設が世界一だと言いかねない独善性極まりない人々だ。勿論そんなもの幻想もいいところだが、内部にいる人間にとって見れば決して居心地の悪いものではない。また福祉施設や福祉系企業の殆どは「現代の蟹工船」と非難されても仕方が無いほど酷い労働条件で介護者をこき使っているが、他の同じ福祉施設との比較が無ければ自分たちの職場が異常であることにも気づかずにすむ。
だがそんなぬるま湯に浸る人々にとって平和をぶち壊すものがやってくる。それが転職者だ。特にそれが同じ業界人なら尚更だ。全く福祉と関係ない職場から転職してきた人は福祉業界の異常性を知っても「福祉ってこんなものなのかな・・・」と思うかもしれないが、同じ業界人にはそんなごまかしは通用しない。異なる福祉文化を持ち込む転職者はブラックバスやブルーギル以上に職場の秩序を乱すと恐れられる。もっと効率のいい介護の仕方や業務方法を提案されたり、他所では職員が託児所や労働組合など充実した福利厚生や労働環境に与っているなどいらない事を布教されたりする。鎖国状態で従業員を騙してきた経営者にとってはキリシタン並に憎たらしい存在だ。
転職者を嫌うのは何も経営者だけではない。同じ立場で働く生え抜きの従業員も福祉の転職者を歓迎しない。異なる福祉施設の経験をもつ新人は一つの職場しか知らない生え抜きにとって脅威に他ならない。自分たちが正しいと信じてきた福祉観を揺さぶる厄介な存在でもある。転職者が経験を生かして活躍することにより、自分たちの既得権が危うくなるのだ。本来正反対の立場である従業員と経営者も転職者に対しては利害が一致するのだから皮肉だ。
それなら最初から福祉の前歴のある転職者を採用しなければいいだけだと疑問に思う人もいるだろう。しかし、離職率の高い福祉業界では常に介護者不足だ。どうしても背に腹は替えられないため止むを得ず転職者を入れるのだ。よくあるパターンでは新卒は無条件で常勤、中途採用者は非常勤にする事が多い。脅威の転職者を排除するために立場の弱い非常勤で雇うわけだ。こんなもの法律違反スレスレの差別行為だが、社会常識に欠ける福祉業界では珍しくないのが現実だ。
多種多様な福祉文化を体験していることは将来のキャリアにおいて大きなアドバンテージになる事が多い。俺自身も身体障害者、知的障害者、病院、老人と4つのバックグラウンドを持つが、今の職場でもその経験はかなり役に立っている。転職歴が無ければこのメールマガジンを執筆していないだろう。しかし、それでも俺は他の福祉の職場への転職はお勧めしない。福祉の世界では「キャリアアップ」など有り得ないからだ。なまじ他の施設を知っているだけで非常勤にされるなど前科者の扱いと大差ない。福祉業界に実力主義などないのだ。
歴史では江戸時代の鎖国は史実ではなかったと現在言われている。江戸時代の日本はオランダ以外とも外交を拒絶していたわけではないとの事だ。将来日本史から鎖国は消えるかもしれない。しかし、福祉業界の鎖国は全く消える気配は無い。
エル・ドマドール
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