[42]介護を辞める時
最近興味深い新聞記事を拝見した。介護福祉士を養成する大学で学生を募集しているが、それがどこも定員割れだと言う。俺はそれはそうだろうと思う。第7号「福祉=ワーキングプア」を参考にしてもらえばよくわかると思うが、福祉はもっとも稼げない職業の一つだ。学生も馬鹿ではない。福祉に行っても生活保護並に稼げない上に、コムスンのようにろくでもない事業者が多い。一昔は「社会の役に立ちたい」「介護の方が安定しているから」などと言って介護を志す若者が多かったが、コムスン騒動を見てもわかるようにもはや福祉は社会使命感を満たしてくれるほど崇高なものではない。
もうよくテレビなどで話題になっているが、介護現場からの人材流出が止まらない。他のサービス業や製造業などと比べても介護職の離職率は明らかに高い。ソースによって異なるが、実態をよく忠実に表現しているのがこのサイトだ。http://www.irep.co.jp/blog/tsuchiya_blog/archives/2006/07/post_120.html
1年間での介護職正社員の離職率は35.2パーセント、3年間だとなんと79.2パーセントに昇る。驚くべき数字である。確かに現場を良く知っているものから言わせればそのぐらいだろうと思う。俺が聞いた話だが、ある会社では従業員の平均在職年数が7ヶ月しかないとの事。しかも、1ヶ月も持たずに辞めた人を統計から排除してその数字とのことだ。
なぜ福祉の職場から人が逃げるのか?その主な原因はもうお分かりだろうが、まず給料が低すぎるというのが大きい。2000年前後から2005年くらいまでは福祉を志す人々がまだ沢山いた。不景気で就職難の為に「福祉なら将来性がある」など錯覚としか言いようが無い理由で多くの人が施設の門を叩いたものだ。その頃は福祉の求人も求職より少なく、完全な買い手市場だった。ある病院の人事担当者は「看護婦は簡単には来ないけど、介護は募集したらいくらでも来るわ」とうそぶいていた。しかし、現在どこの介護職場もそんな余裕は無い。特に物価の高い都市部の人材難は深刻だ。
人が来ないなら給料を上げればいいじゃないかと思う人もいるだろう。しかし、事はそう簡単ではない。ケアハウスや有料老人ホームを除き、施設の収入は介護保険報酬と利用者の一割負担分しかない。2005年の介護報酬の改定でなんと4割も介護報酬が削られたのだ。元々施設経営も楽だったわけでは無いのに、この改定は致命傷だった。詳しくはバックナンバーの第6号「福祉はビジネスになるのか?(下)」を参照にして欲しいが、介護業界には市場原理が働かないところがある。コストが上がってもそれを利用者の負担に転嫁することはできないのだ。職員を慰留するために給料を上げるのはもはや不可能に等しい。
知識人の中には「国が財政負担をして介護する若者の待遇を保障するべきだ」と主張する人がいる。青臭い理想主義者の学生がそう言うならまだいいが、立派な学歴を持つ人にしてはあまりにも無知すぎる。1000兆を抱える財政赤字を抱える国にそんな余裕がどこにあるのだ。しかも公務員の給料はそう簡単には削られないが、福祉は緊縮財政時には真っ先にターゲットにされるのが歴史の常だ。
「人はパンのみで生きるのではない」という言葉があるように、介護者が福祉から逃げ出すのは何も金銭的事情が全てではない。収入は多少少なくても精神的に満足できるものがあれば福祉を何とか続けられるのでは?と思う人もいるだろう。俺もその考えは否定しない。しかし、福祉の現場にそんな精神的に満足できる崇高なモノがある事は絶対に否定しておく。福祉は美しくない。そこには人間の本性をとことん暴いた醜い真実しかない。福祉の邪悪さ、偽善性はどんな介護者の人格を歪めてしまうのだ。その内容についてはもうこのメールマガジンでかなり書いてきた。
そして辞めたい介護者に拍車をかける要因がもう一つある。介護者がサービスを提供する相手、つまり利用者から駄目押しを食らうことが少なくない。「利用者との信頼関係が大事」「利用者さんから『ありがとう』と言われるのが嬉しい」など利用者との絆を強調する職員が多い。だが、そんなものは簡単に吹っ飛ぶ。
利用者からの暴行、暴言、中傷、セクハラは言うに及ばず、ナンセンスコールやわがままなど職員はいくらでも利用者から攻撃を受ける。皮肉なことに利用者が介護者を退職に追い込んでいる実態があるのだ。しかも、介護保険以後「利用者様をお客様として扱いなさい」など利用者の攻撃を正当化する要因が増えた。断っておくが別に全ての利用者がそんな事をするわけではない。中にはいい人もいる。しかし、少数ながら人間性に問題のある利用者は確かに存在するし、介護者に更なるストレスを与えているのは事実だ。介護者→利用者への虐待問題は注目されるが、その逆はあまり知られていない。介護業界自体も利用者からの心無い「虐待」が介護者を追い詰めている事実を認めたがらない。
介護者は待遇が悪く、安心した将来像が見えない状態で働いている。中にはストレスで疲弊して利用者への声掛けが荒くなったり、コルセットをつけて腰痛に耐えながら踏ん張っている介護者もいる。そんな弱っている介護職が利用者からの攻撃を受けて、心が折れても責められない。経営者や行政、家族、社会の理解やフォローが無い現状では出て行くしか選択肢がないではないか?
エル・ドマドール
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