[63]監査(上)
社会福祉法人だろうが民間会社が経営していようが介護や福祉または医療に関わる限りどうしても公的機関との関係は断ち切れない。一般企業などは許認可などで役所には逆らいにくいだろうが、福祉の場合はもう役所との関係は生殺与奪の権限を握られていると言っても過言ではない。その権力の恐ろしさは数年に1回ある「監査」になるとよくわかる。監査とは役所、この場合都道府県になるのだが数年に1回くらいの頻度で福祉施設に立ち入り不正がないかどうかチェックしていくのだ。その監査の対策に施設長を始めとする管理職たちは戦々恐々だ。監査がある前は書類などに不備がないか徹夜でチェックすることがある。こう聞くと都道府県の監査はきちんと福祉施設の不正を見抜くためにきちんと機能していると思うだろう。しかし、俺はここで言いたい。現在の監査など単なる時間の無駄。あんな生ぬるいチェックをするなら税金の無駄だ。都道府県の監査職員も施設の管理職連中も単なる出来レースをしているだけだ。この意見には驚く人もいるかもしれないが、10年以上業界にいる俺にしたら驚きでもなんでもない。今回は監査がどれだけ無駄なシロモノか解説しよう。
役所が福祉に対して握っているのは許認可だけではない。介護保険報酬、支援金、補助金など福祉施設の存続に関わるお金は役所が権限を握っているのだ。文字通り福祉施設は役所に首根っこを掴まれているといってもいい。コムスンはあまりにも違反行為が多すぎるために介護保険認定事業所の新規および更新指定不許可処分を受けた。これは事実上の福祉業界からの退場だと思えばいい。このように役所は福祉界に絶大な影響力をもっている。だが、それでも都道府県の監査はその絶大な影響力を殆ど発揮していない。ここで言っておくが社会福祉法人や民間企業は大抵がろくでもない腐敗の温床だ。そこでは相変わらず脱法行為や違法行為、あるいは犯罪行為が蔓延っているが全く正義の鉄槌は下されていない。
俺はいくつかの施設で都道府県の監査が入り調査するのを見てきた。実際に施設に監査に来た役人たちがする行動を見ると「本気で調査をする気があるのか??」と疑えるものばかりだった。まず、役人たちは事前に社会福祉法人や施設に対していつ監査に行くのか通達してくるのだ。言っておくが不正をしているのを調査するのが監査のはずだ。それを事前に通告して何の意味があるのか?都合の悪い事を隠蔽する時間を与えているだけだ。事実監査があると通告された施設はてんやわんやの大騒ぎになる。穏便に済むように都合の悪いことは隠すべく徹夜で作業する羽目になるのだ。
俺が最初に入った障害者施設での出来事を紹介しよう。監査で来た役人たちは施設の事務所でいろいろ書類を見て、施設長や事務長を質問攻めにしていた。普段偉そうにしている施設長も役人の前では緊張している様子だった。そして昼食時間になった。そこで俺は信じられない光景を目にする。役人たちは施設で堂々と昼食を取っていた。勿論昼食は施設が提供したものだ。俺はこの光景を見て、連中が本気で施設の悪事を暴く気は無いのだと確信した。一般社会の常識で言えばこれは賄賂だろう。因みに同じ役所でも税務署の監査ではこんなことは絶対有り得ない。彼らは抜き打ちで会社に来るし、監査中は提供されたコーヒーさえも飲まない。税務署は本気で脱税を暴きに来ているのだから、そんな馴れ合いは有り得ないのだ。裏金や贈収賄の事件が税務署に少ないのは決して偶然ではない。都道府県など会計監査院から不適切な経理や裏金を指摘されるなど腐敗に関してはコムスンにも負けていないのが現実だ。そんな連中が企業や社会福祉法人を監督・指導できるわけが無い。
俺が監査なんて恐れるに足りない。あんなもの役人と施設の出来レースだと指摘すると何も知らない人からこんな反論が来ることがある。「監査は真剣そのものだ。監査ではいろんな事を指摘され行政指導されたぞ」監査で指導されることなどケース記録や検食の不備など瑣末過ぎてどうでもいいことだけだ。役人達は本気で摘発などする気がなくても手ぶらで帰る訳にはいかない。だから当り障りの無いことばかりを指摘して帰るのだ。それを解っている施設側の人間は欠陥のある書類をそのままにしてそれを落とし所として用意している。何も知らない人間だけが監査で指摘されて慌てふためくのだ。その様子は下手なコメディーみたいなものだ。
介護報酬の水増し請求や補助金の詐取、幽霊職員(実際には存在しない職員をいるものとして書類に記載すること)、利用者の虐待など施設が本気で隠したい悪事は監査で判明することなど殆ど無い。それらは内部告発で発覚することが殆どだ。人や金を湯水のように使ってくる行政の監査よりもたった一人の正義感の方が悪を暴いたケースは実に多い。内部告発などで施設の腐敗が大規模なものと判明した場合は「特別監査」といって本気で調査する場合がある。だが、通常の監査など悪事を暴く機能は全く無い。それが現実なのだ。
今回もかなり長い話になってしまった。監査が機能しないのにはこれ以上のもっと根本的な問題がある。次回はもっと掘り下げて続きを語ろう。
エル・ドマドール