[05]心の傷(1)
小学生、中学生の頃を語りたいと思います。
小学生の頃のわたし、それはもう元気と明るさの塊だったと思います。今も十分明るいですが、年のお陰か経験豊富なお陰か、体力も気力もついてこずに元気、明るいとはかけ離れている気がします。男勝りなわたしは運動はできませんがゲームの話になると口が達者で、ゲーム好きな男子の輪の中でベラベラと面白可笑しく話していました。
保育園の頃から男子の輪の中心になっていましたから、小坊になってからもそれは変わらず「俺は最強だ」という雰囲気の漂う小学生だったと思います。笑い上戸なのでツボにハマったら死ぬほど笑いこけるので、「お前はホントに明るいな」と言われていました。リーダー性を持つ姉に憧れ、小6になってからはクラブの部長をやり、掃除の班長をやり、会の委員長をやりと好奇心だけで全てをこなしていました。
そんなわたしに皆はついてきてくれました。当時わたしのNN(あだ名)は好きなゲームのキャラからとって「ダルマ」でした。その前はマリオでした。笑「ダル」「ダルしゃん」と親しまれ、廊下ですれ違ったら生徒に限らず先生にまで激突というか突撃している誰にでもフレンドリーな小学生でした。なんだか他人事のように聴こえますが。笑
小学生の時も、勿論と自分でいうのは少し虚しいですが小さなからかいにあったことがあります。デブなのと、それで運動ができないのと、誰でも仲良くなるというのが仇となってある女の子といつもくっついて遊んでいたら、自分の男系な雰囲気を睨んでその女子を好きだった男の子に「デブ」と言われたのです。皆がすぐさま「何言ってんだ、ダルに謝れ」と言ってくれましたが、わたしは「良いよ、本当のことだ」と笑って済ませました。
わたしはその頃は自分が、自分の心が弱いだなんて頑なに認めず笑って済ませるという行動を取ったのだと思います。デブなんて姉に数百回も言われたけど、違う人に言われるとこんなにショックなんだ、と、悲しくて悲しくて、家に帰って部屋で一人泣いていたら、それより遅く帰宅した姉に聴かれ、その男子の姉がわたしの姉の友人だったので注意してもらい、「しろいぬちゃんは傷ついたんだよ」と男子に言ってもらえました。
その男子は元は優しく几帳面な性格だったので、学校の登校路が同じなのもあり「ごめんな、考えてなかった」と謝ってくれました。わたしは笑顔で「良いよ、俺こそ悪かったな」とすぐに許しました。それから「今日の占いお前1番だぜ、良いことあるんじゃね?」などと積極的に仲良くなっていき、今でもたまにゲームの話で盛り上がっています。というか早くゲーム返せ。笑
そんなのほほんとした小学校生活だったので、わたしは有頂天でした。俺は何でもできるんだ、誰とだって仲良くなれる、もし苛められたってすぐに立ち直って仲直りできるんだ、と。
そんなはずが無かったのです。本当は、小坊の時のわたしは分かってたんだと思います、自分が苛められることを。
卒業文集の「中学生になったわたしに」の欄にこう書いてありました。「苛めにあっても、負けんなよ!」
まるで、自分が苛めにあうことを知っているような文でした。勿論、自分の期待に答えることなど、弱いわたしにはできませんでした。
しろいぬ万呼