第2回 ある証券会社のCM

2019年12月6日

(ほんとはあんまり笑えないんだけど)笑ってしまうCMを見た。N証券である。「ワンストップチャネル」「リテールのいちばん先へ、動く」というキャッチと「課長島耕作」もどきの疑似社内ドラマ(HP上でキャラクター紹介あり、笑えます)を映像で流している。その陳腐で使い古された手法にも笑えるのだが、上記2つのキャッチコピーが相当手垢にまみれて不明瞭なこと、それを認識できないN証券のセンスの悪さにおどろいた。

ワンストップという言葉はマーケティング用語である。スーパーの出現で消費者にとっては効率的な購買が可能となったというのが語源だったと思う。

もうひとつ解せないのが「リテールのいちばん先へ、動く」というコピー。一番ターゲットとしているリテール客自体が「リテール」という言葉を理解していないのになぜあえて使うのか。だいたい小口客を大切にしようという気があるとは思えない。

NのHPで確認したらなんと言うことはない。いろいろなチャネル、つまりパソコンや携帯などからアクセスできますよ、ということだけらしい。ITを駆使して顧客チャネルを増やして、ついでに投信やアドバイス業務もがんばります、だと。これはワンストップではなく複数チャネルの投入であり、ワンストップとは逆の言葉。HPでは口座がひとつだからワンストップだと言っているけど、基本的に口座はひとつしかないんじゃないの?。携帯で取引なんてもう当たり前。アドバイザー業務も昔と同じ。それをなぜわざわざキャラまでつくって身内受けしかしないCMを作るのか。

このCM全体を貫くのは「それらしいムード」であり、同時にそれでしかない。実体がないのだ。現在の金融機関に必要なのはもっと真剣で骨太な理念のはずだ。「ウチは頭悪いですけど、集金でも何でも一生懸命やります。小さいお客を大事にします。ドブイタ証券と呼んでください。ズボンの裾なんか泥だらけです」みたいな(ドブイタってのは、業界用語で、ドブ板を踏むほど小口のお客さんのところに参ります、大事にしてますっていう意味)。今の金融機関に求められるリテールとはそういうものだ。

以前僕がおつきあいさせていただいたN証券の営業マンは、定年前で確かにパッとした人ではなかったが、仕事については一生懸命やってくれた。顧客への思いが全身で伝わってくるような人だった。

かっこよくて偉そうな人がしわひとつないスーツ着て、空調完備の本社会議室にいる。で、「リテールの一番先」だってさ。HP上のキャラ紹介で営業企画課長のお姉さんはMBA取得済で弁護士の勉強中という設定らしい。ドブの水でも飲んで出直したほうがいいんじゃないか。いまだに気分はバブル。野村に次ぐ証券会社がこの程度じゃ証券は銀行にかなわない。

「おい、今年は黒字だし、いっちょカネかけてCM派手なのかませろよ」
「部長いいっすねー。流行のITなんか前面に出しましょうか」
「イットってなんだ。俺はしらんぞ」
「えっ。じゃ、適当にこちらでネーミングします。ワンストップチャネルなんてどうすか」
「なんかわかんないけどかっこいいじゃないか。CMは流行のシリーズものにして役者も使って派手にやろうじゃないか。野村の金田一に負けるな」
「それじゃ、部長の役は誰にしましょうかねー」
「俺は裕次郎がいいな。銀座で自慢してやるぞー」
「それはちょっと…。永島敏之あたり、若々しくていいんじゃないですか」
「誰それ? 別にいいけどさ。かっこよくやってくれよ」
「はい。じっちゃんの名にかけて」

このようなお気楽な会話が役員室から聞こえてきそうなCMである。これでいいのかN証券。

2000.11.05