第22回 えひめ丸事故に思う

2020年2月11日

 痛ましいし悼むべき事故だったと思う。犠牲者のご家族の悲しみはいかばかりか。査問委員会が開かれ、遺族にとってはショックな内容が公開された。

 査問での焦点は、あの事故が(1)「不慮の事故」か(2)「過失」か(3)「重過失」か(4)「悪意」であったかを明らかにすることである。(1)でもないし、(4)でもない。おそらく(2)か(3)に落ち着くのだろう。マスコミはこのあたりをきちんと論説してほしい。

 不幸な事故であることは間違いないし、尊い命が異国の地で失われたのも事実だ。遺族が受けた痛みをどのように和らげるかが第一の道であるはずなのに、死に体総理のバッシングなど枝葉の話に終始している。事故が起きたときに、総理はチョコレートをかけてゴルフをしていたそうである。そんなこと聞きたくもない。癒されるべき遺族への思いやりなど微塵もない報道姿勢は相変わらず。

 今回の事故で腑に落ちないことのひとつに、被害者と加害者を調停する仲介者の不在があげられる。首相、大臣、大使、次官…。みんな我関せずで、適度な距離を置いて、やっかいな仕事のたらい回しをしているように見えるのだ。はっきりとした日本側の代表者が見えてこないから、結果として遺族や関係者がてんでに直談判している印象がある。だから、統一した要求も毅然とした交渉姿勢もなく、視聴率狙いのマスコミのオモチャになるだけで、いたずらに時間を引き延ばし、加害者の態度を硬化させているように思える。

 事故は起こってしまった。もう死んでしまった。過失であれ重過失であれ、死人は生き返らない。海を仕事場にする以上、そんな死に方があるのは当たり前だ。船体を引き揚げろという遺族の心情はわかるが、それでは解決にはならないことを納得させる仲介者の不在が問題の出口をなくしている。もちろん船体引き揚げについては、単に骨をいただくという以上に事故原因の調査という目的もあるのだろうが、相手が非を認めている中で100億円以上という引き揚げ費用がペイするものなのだろうか。

 ファストフード店のコーヒーが熱すぎるといって、何千万円もの慰謝料が支払われる国を相手にしているのだ。船体引き揚げに費やすならその分をそっくり家族に対する補償にあてる方が、アメリカ流の誠意であり正義である。

 今やるべきは、互いの文化の違いを認識しあい、現実的な妥協方向を早急に見いだし、この問題をマスコミや国家という表舞台から引きずり降ろすことではないか。日米関係は世界で最も重要な二国間のはずである。たかだか十数人の命やメンツに振り回されるものではないし、最初から勝負は見えている。アメリカは自ら血を流して世界に冠たる地位を築いている。今日も地球のどこかでアメリカ人だという理由だけでテロや犯罪の標的になっているのだ。

 「アメリカの庇護に守られながら1億人が平和を謳歌しているクセに、たった十人ぐらいが死んだだけで大騒ぎしてやがる」「サルが何匹か海に沈んだだけ」・・・。ひどい言い方だが、アメリカの相当数の右翼や差別主義者がこう思っている。今は良識に守られて眠っているが、日本が日本流のよたよた外交をやっていると、良識派の中にもこのような声が出てくる。世界一のメンツやプライドとはそういうもんだ。今は新大統領への移行という微妙な時期でもある。

 事故の第一報を聞いたとき、不謹慎ながら「相手がアメリカで良かった」と思った。これがもし、機密保持や資金不足のために数十人の兵士を平気で見殺しにし、文句を言う遺族を注射で黙らせるロシア(これはこれで国家戦略としては正解なのだ)だったら、あるいは、いまだ国交のないテロ国家だったら、太平洋戦争の補償問題をひきずる国だったら、軍事国家だったら、最貧国だったら、船体引き揚げどころか謝罪や補償云々ということを言いだすことさえできなかった。

 加害者は世界で最も民主的で、情報公開が進み、経済も好調、金を持っている国のしかも軍艦だったわけである。やりようによっては一番簡単なケースであるのにそれができない。北朝鮮拉致疑惑やヨーロッパのスキー場トンネル火災の被害者家族はこの問題について、もっと複雑でやるせない心情でいるだろう。

 政治や官僚は逃げの一手で危機管理なし、被害者や国民は超大国に甘えっぱなし。マスコミはスキャンダル探しばかり。世界はあきれているだろう。

2001.03.10