第30回■■溺れる二人
前回書いたとおり、私は「ピーター・リンチ著『株で勝つ 新版』ダイヤモンド社税抜き1800円也」を購入した。目をランランさせて読み始めたはずなのに、いつのまにか机の上に置きっぱなし。読み進めていると、ところどころなるほどねと思う部分もあるものの、余りの自信たっぷりな書きぶりに、そんなにうまく行きますかいな、と少し引いてしまうのである。
それと、当然のことながら、出てくる銘柄はアメリカンな名前ばかり。マクドナルドやらダンキンドーナツやらはまあまあ馴染みがあるものの、ザ・リミテッドとかレイノルズ・メタルとか言われても、どうもピンとこない。「50セントから9ドルにまで上がった」と言われても、「えーと、60円から1080円か。おお、すごい」といちいち頭の中で換算しないとすごさがわからないのがうっとうしい。それなら日本の市場を例に取った本を買えばよかったのだが、後の祭り。
ところで母がある日突然、「あの本ぱらぱらっと読んだけどね」と話しかけてきた。「あの本」とはもちろん、机の上に置きっぱなしにしてある「株で勝つ」である。
普段「老眼になってからもう本なんて面倒で読めない」と言っている彼女が、どうやらひそかに「株で勝つ」を読んだらしい。日頃、新聞以外の活字と言えばせいぜい美容院に置いてある週刊誌しか読まないくせに、やはりあのタイトルに惹かれたに違いない。ああ、ワラをも掴む溺れるものがまたここに。母娘そろって溺れている我ら。
そういえば母はここ最近、株式欄を見つめていても無言だった。ちょっと前までは「あーまた下がった」などとうるさかったのに、それすら言わずおとなしくしている。彼女が長いこと塩づけしているソニーも、買値の半分以下にまで下がってしまった。人間、そこまで来ると諦めの境地になるのだな感心感心、と勝手に納得していたのだが、どうもそうではなかったようだ。魅力的なタイトルを前にしたら、老眼だのなんだの言っている場合ではなかったらしい。
母は「この本、身近な企業に投資しろ、って書いてあるけど、こんな田舎に企業なんてない!」と私と同じような感想を述べ、「もう、何買ったらいいかわからん」と深々とため息をつく。リンチ翁をもってしても溺れる我らを救うことはできないのか。
母は問う。「何買ったらいいだろう?」
私は答える。「これから上がるやつ」
母「なるほど!・・・・・・で、これから上がるやつって何」
私「それがわかったらこんな本買ってないわ!証券会社のS山さん(母の担当)に聞いてみれば」
母「だめ。S山さんの言うこときいてソニー買ったらひどい目にあった」
ひどい目にあったのは決してS山さん一人のせいではないと思うのだが・・・。
リンチ翁は「証券会社を利用せよ。おすすめ銘柄を鵜呑みにするのではなく、PERとか収益の伸び率とかをしつこく聞くのだ。そして会社に電話をかけて話をきけ」とおっしゃる。出た。PERね。「これからお宅の株価、上がりますか?」では質問になっていないということか。やっぱりPERとかの指標って、それなりにわかっている方がわかってないよりは良さそうだ。その数字が万能かどうかは別としても。
2001.08.17
◆CANE